対談・インタビュー

【特集】目指すのは「あきらめない介護」特養で愛するペットといつまでも『さくらの里山科』

神奈川県横須賀市にある『さくらの里山科』は、かけがえのないペットと入所できる、日本で最初の特別養護老人ホーム(特養)です。ペットとの入所を実現しようと奮闘した、施設長・若山三千彦さんの背中を押した、ある出来事とは。施設を訪ねてペットとご入所者との暮らしに触れながら、設立の経緯や忘れられない物語をうかがいました。

高齢者の生活と思いを守る福祉 ペットとの入所は大きな一歩に

『さくらの里山科』では、設立当初からご入所者がご自宅で飼われていたペットのわんちゃんやねこちゃんとの入所を受け入れています。そこには「あきらめない介護」という施設長・若山さんの介護ポリシーが息づいています。

「あきらめない介護とは、これまで続けていた当たり前の生活を守ることを意味します。介護や医療の専門家に適切なサポートを受けながら、美味しいものを口から食べる。買い物や旅行に出かける。趣味の音楽を聴くなど、望む生活を叶えるのが私たちの目指す介護です。ですから、施設にペットと一緒に入所したいという望みも、叶えるべきだと思いました」

そして、背中を押した決定的な出来事を次のように語ってくれました。

「それは、当施設が開設する以前に、心の会が運営するデイサービスを利用していた、ミニチュアダックスフンドと暮らす高齢の男性・Aさんとの出会いでした。ご本人は徐々に体調が悪化して一人暮らしが難しくなり、別の法人の特養に入ることが決まり、泣く泣く愛犬を保健所に託すことになったのです。

その後、面会に行ったスタッフから、その方が『俺は自分の家族を自分で殺した』と激しく泣いていると報告を受けました。ご本人は、入所から半年後に逝去されました。

『身寄りのない方でしたが、これまでの人生で楽しいこと、幸せなことはたくさんあったと思います。どれだけ幸せな人生を送ったとしても、亡くなる前の半年間、自分の家族を自分で殺したと自責し続け、苦しみ抜いて死んでいくなんて、ご高齢者をこんな悲惨な最期に追い込んでしまうのが福祉なんですか?』。そう訴えたスタッフの言葉に突き動かされて、ペットと暮らせる特養をつくろうと決めました」

高校教師から福祉の道へ 高齢者が楽しく暮らせる場づくりを

前例のない一歩を踏み出した若山さん。もともとは高校教師で、ボランティア活動に熱心だったご両親が、定年後に創立した社会福祉法人「心の会」をサポートするために、福祉業界に転身しました。

「最初はデイサービスが何をするところかも知らず、スタッフに尋ねると、入浴や食事の介助、おむつ交換などをして一日を過ごし、ご家族の介護負担を軽くする場所だと説明されました。ご家族が楽になるのは大切ですが、当時はご入所者の生きがいの創出といった視点がなかった。そこに納得できず、ご高齢者が楽しめる場づくりをしようと決めました」

ペットと暮らせる特養を設立する際、行政のハードルは意外にも低く、すぐに認可が下りたといいます。

ネコじゃらしにも無反応のハルちゃん
施設に入ってからも大好きなチビ子と一緒に過ごせて、うれしいと話すご入居者

「当時、横須賀市の生活保護のケースワーカーが、愛犬と暮らす独居の高齢男性・Bさんを担当していました。認知症が進行し、特養への入居を勧めても、愛犬のアミちゃんを置いてはいけないと断固拒否。このままでは餓死や凍死の可能性があると対応に苦慮されていたので、特養を設立した際には愛犬ともども私たちが引き受けると言ったらスムーズに話が進み、Bさんはペットとの入所第1号となりました。

その後、男性は認知症が進行し、感情をあらわにすることもあったそうですが、アミちゃんが亡くなったときは、とても穏やかな表情だったそうです。きっと悔いがなかったからだと思います。先ほどお話した愛犬を保健所に引き渡し、自責に苛まれたAさんを知るスタッフが、『アミちゃんを見送れて幸せだったと思います。私たちがやっていることに意味があると思えた』と言った言葉が忘れられません」

動物が好きな人と苦手な人の両方がゾーニングによって快適に生活

同施設は4階建て。居住フロアの2階〜4階にユニットが4つずつあり、1ユニットに10室の個室を設置しています。動物が苦手な人も入所できるように、ペットと暮らせるのは2階部分のみに限定。3階と4階にはペットの出入りがなく、しっかりとゾーニングされています。

また、加算される費用は、フード代や消耗品代、医療費などにかかる実費のみで、入所のハードルを上げないように配慮。飼い主が先に亡くなった場合、ご家族が実費を負担することで、ペットは最期まで暮らし続けられます。今後、増加が予想される身寄りのない方が亡くなった後の飼育費用は、将来の課題だといいます。

犬、猫は2階フロア限定で、にゃんこユニット、わんこユニットに住み分けされている
にゃんこユニットでお出迎えのユリッコ12歳は、高齢のため少し目が不自由だとか

犬たちがいるユニットを訪ねると、保護犬の文福(ぶんぷく)が尻尾を振って迎えてくれました。ほかにもご入所者の愛犬が居室を自由に出入りしており、共有部では一緒に過ごす姿が。猫がいるユニットをのぞくと、ベッドで一緒に休んだり、ネコじゃらしで遊ばせたりするほのぼのとした光景が広がっていました。動物たちのセラピー効果により、一時的に認知症の症状が軽くなった例は少なくないといいます。

支えるスタッフはみなさん動物が大好き。ペットの世話が加わると必然的に業務量は増えますが、負担と感じるより犬や猫がいる施設で働けることに幸せを感じているそうです。また、犬の散歩ボランティアや提携の獣医師、保護犬・保護猫団体「ちばわん」の協力も欠かせません。

「入所時にペットの主治医を当施設の提携獣医師に変えていただき、入所前にかならず健康診断やワクチン接種を行い、その後も定期的に健康診断を行っています。

また、ペットとの暮らしを希望する方には、飼っていた愛犬・愛猫との暮らしを引き継ぎたい方に加えて、高齢になって飼うのをあきらめていたペットとの暮らしをもう一度取り戻したいという方がいらっしゃいます。そうした方のために『ちばわん』から保護犬、保護猫を迎え入れており、文福は入所第1号の古株です」

16歳の老犬の文福は、耳が遠くなったため、ご利用者が話しかけても、ジーッと口元を見つめるだけの時も

ペットとの共生を持続可能にする補助金や介護制度の改正に期待

ペットは家族という価値観が社会に浸透したことで、ペットと暮らせる特養の需要も増加することが見込まれます。運営を続けるには、どのような課題があるのでしょうか。

「高齢になるとペットも医療費がかかりますし、保護犬、保護猫の飼育費は施設負担なので、飼育に必要な経費の助成を行政に検討していただけたら。また、伴侶を亡くしたご高齢者にとって、ペットの存在は救いになります。現在、在宅介護の分野でペットの世話はホームヘルパーの業務範囲外ですが、ご高齢者が人生の喜びとしてペットを飼い続けられるよう、制度の見直しに期待したいです」

変わらない願いは、ご高齢者が望む生活を守り抜くこと。若山さんの「あきらめない介護」への挑戦は尽きません。

文福16歳 2019年入居
体重15キロの中型犬、雑種。フィラリア感染を理由に里親が見つからず、「ちばわん」から施設へ。ご入所者が老衰で亡くなる際、数日前から枕元に寄り添うような行動を取ることが何度もあり、“看取り犬”と呼ばれている。性格は人懐っこくてみんなのアイドル的存在。文福に注がれる視線は温かく、人を自然と笑顔にしてくれる。16歳になり耳が遠くなっても、ご入所者にとっては我が子のように愛おしいに違いない

ミック15歳 2019年入居
飼い主さんの亡き後、ユニット内で仲が良かったココの飼い主さんの部屋で暮らすようになったミック。しかし残念ながら、その飼い主さんも逝去。亡くなるたびに自分で次のパートナーを選び、現在のパートナーで4代目。初代の飼い主さんは「こんなに忠実なワンちゃんは初めて」と溺愛し、飼い主さんが亡くなる際は悲しそうな表情を見せたそう。現在の定位置はベッドの上。忠実さと人懐っこさは今も変わらず、みんなに愛されている

ハッチ19歳と、犬・猫大好きなスタッフO.Aさん。
福祉専門学校を卒業後、4年前から同施設で働き始めた青森県出身のスタッフのO.Aさん。「この施設を選んだ決め手は、犬や猫がいる環境で働けることでした。実家で犬を飼っていたので、ペットのお世話を負担に感じたことはありません。犬や猫たちがいることでご入所者の会話が増えて、表情も明るくなり、セラピー効果を感じています」

元気村グループ社会福祉法人「心の会」特別養護老人ホーム『さくらの里山科』施設長。学校教員を退職後、社会福祉法人「心の会」を創立。2012年にペットの犬や猫と暮らせる特別養護老人ホーム、『さくらの里山科』を設立。

取材・文:北林あい/撮影:松下 茜

豊かなシニアライフのための情報誌『あいらいふ』編集部
【誌名】『あいらいふ』vol.184(2026年7月30日発行号)
【概要】初めて老人ホームを探すご家族さまの施設選びのポイントをさまざまな切り口でわかりやすく解説。著名人に介護経験を語っていただくインタビュー記事のほか、人生やシニアライフを豊かにするためのさまざまな情報や話題を取り上げて掲載。
【発行部数】4万部
【配布場所】市区役所の高齢者介護担当窓口・社会福祉協議会・地域包括支援センター・居宅介護支援事業所・訪問看護ステーション・病院・薬局など1万か所

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