対談・インタビュー

【特別インタビュー】働く世代が直面する介護問題 介護離職を防ぐための処方箋

日本社会の高齢化が進み、介護を必要とする後期高齢者が急増する中で、ご家族の介護を理由として、働く現役世代が仕事を辞めてしまう「介護離職」の問題があらためて注目を集めています。

介護離職を防ぎ、誰もが必要なサポートを得て仕事と介護を両立できる働き方を実現するために、社会は何をすべきか。

個人、行政、そして民間企業が今、できる取り組みについて、一般社団法人介護離職防止対策促進機構(以下、KABS)の和氣代表理事にお話をうかがいました。

仕事と介護の両立のために
KABSの活動

──仕事と介護の両立が誰にも身近な問題となりつつあります。介護離職の現状をどのようにお考えでしょうか。

2010年代以降、介護離職は年間10万件前後で推移していますが、明確に介護離職が減った年があります。当時の安倍内閣で「介護離職ゼロ」が打ち出された2015年、そして改正育児・介護休業法が施行された2017年です。

どちらの年も、介護離職についてメディアの積極的な報道が行われていた影響が大きい。つまり「介護離職はしない方がいい」「仕事と介護の両立を頑張ろう!」という周知活動が、介護離職の防止に大きな役割を果たすと私は確信しています。

それから、前提として、私はこの問題に関する近年の政府、企業を含めた関係者の努力を評価しています。

経済産業省の調査では、仕事を主としながら身内の介護にも取り組んでいる方は、2015年の232万人から、2025年には307万人まで70万人以上増加すると予測される一方、介護離職の件数は横ばいで持ちこたえている。

働く介護者が増えている現状は、離職をせずに仕事と介護を両立できている方が多いということです。むしろ、誇るべきことではないでしょうか。

─KABSの活動内容についてお聞かせください。

当機構は、行政・企業・個人に向けた介護離職防止の啓発と、仕事と介護の両立ノウハウを広く発信し、介護をしながら働くことが当たり前の社会をつくるための活動を目的とした団体です。

私自身は2013年からこの活動をしていますが、世の中を変えるためには、介護離職のことをきちんと理解し、考え方を共有し、実際に動いていただける方を増やしていく必要があると感じ、2016年に当機構を立ち上げて、「介護離職防止対策アドバイザー®」の養成講座を始めました。

受講者には企業の人事部の方、キャリアコンサルタント、社労士、ケアマネジャー(以下、ケアマネ)など、さまざまな立場の方がいます。人海戦術で盛り上げていかなければと考えています。

介護離職防止の3か条
“令和の3常識”とは

──介護離職の防止に向けて、働く側はどのようなことを心がけるべきでしょうか。

介護保険制度の介護サービスや、育児・介護休業法(育介法)の両立支援制度を組み合わせて活用し、仕事と介護を両立させるのが標準的なケースです。

介護離職を防ぐための3か条、私は“令和の3常識”と呼んでいますが、

①仕事と介護の両立とは何ぞや?介護することではなく、仕事に集中すること。

②介護の合言葉、介護といえば「地域包括支援センター」。

③介護休業等制度。有給を取らなくても地域包括支援センターに行く方法はある。

最低でもこの3つについては、介護をしている・していないに関わらず、すべての人が知っておくべきです。ただ、長年にわたって活動を続けていても、本当にまだ周知が進んでいないと感じます。

「介護は家族がやるもの」は
危険な思い込み

特に、3常識の①については、「介護は家族がやるもの」という根深い思い込みが、周知の邪魔をします。

「仕事と介護の両立」は、本質的には介護の問題ではなく、労働問題です。労働の中核的な担い手である15歳から64歳までを生産年齢人口と呼びますが、私たちが取り組んでいるのは、これから著しく減っていくこの層の労働者に、安心して長く働き続けてもらうための試みの一つなのです。

もちろん、厚生労働省も、この考え方に基づいて法整備や制度づくりを行っています。

例えば、育介法における介護休業は、“取得者が介護をする時間”ではなく、“取得者が介護における課題を解決するために体制を整える時間”を、国が用意する仕組みです。申し出により、連続した一定期間の労務提供義務を消滅させる効果があります。

また、介護休暇は、家族がせざるを得ないちょっとした介助や、平日に役所で手続きをするための時間を公に認めている、というとわかりやすいでしょうか。

この点については、厚労省が用意した素晴らしい教材が数多くあります。映像資料もきちんと作ってあります。一度理解してもらえば、それほど難しいことではない。

でも、頭の固い経営者に介護休業制度の説明をしていて、これを言っても通じません。

口では「わかった」と言っても、根本に「介護は家族がやるもの」の思い込みがあるので、納得しないのです。“親孝行”は大切ですが、あくまで個人の価値観の問題。仕事と介護の両立のための考え方ではありません。

ケアマネや医療ソーシャルワーカーが、仕事と介護の両立の問題に介入するときに、間違えやすいのもこの部分です。

介護業界の方は、どうしても介護を受ける方、要介護者本位で事に当たります。それ自体は素晴らしいことですが、「仕事と介護の両立」の本質は就業支援であり、介護者本位であるべき。“介護における課題の解決”ではあっても、役割が違います。

ケアマネさんから、「ご家族がいるから、後はお願いね」と言われてしまう方もまだまだいます。「そうは言っても、お父さん、お母さんがかわいそうじゃない。介護休暇があるんでしょ?」は大いなる誤解です。

「急な」介護は病院で相談
「モヤモヤ」は地域包括支援センター

──思いがけない急な介護の始まりが、その後の介護離職の原因となるケースが多く見られます。どう対処すべきでしょうか。

介護が始まる時期は、大きく「急に」と「モヤモヤ」の2パターンに分けられます。

「急に」介護に直面するケースで多くを占めるのが、脳血管疾患。これは介護が始まる主な原因の第2位です。一方、何か変だな…という周囲の「モヤモヤ」から始まるパターンは、認知症。こちらは、介護が始まる原因の第1位です。

介護が「急に」始まった場合は(ご本人はたいてい入院しているため)、まず病院の相談室、「モヤモヤ」の場合は、まず地域包括支援センターに相談に行くのが鉄則です。病院の相談室でらちが明かない場合も、地域包括支援センターを頼ってください。

入院できる規模の病院には、大抵、相談室があります。脳梗塞や脳血管疾患は、ある程度のパターンが決まっているので、次にどうなるかがわかっている。介護において、“この後の流れ”を知ることは、非常に重要です。何が良いかというと、段取りを立てられる。仕事をどれくらい休むのかとか、何が必要かとか。

また、退院後の身の振り方をまだ決め切れていないときに、一時的に地域包括ケア病棟や介護老人保健施設(老健)を頼るといった選択肢を知っているだけでも、状況は大きく変わってきます。こういうことを教えてくれるのが地域包括支援センターや、病院の相談室です。

「急に」パターンでは、まだ、介護が必要になるかわからないから…という理由で相談をためらう方もいますが、そんなことを考える必要はありません。

退院後に待っているのは、生活の続き。その段取りを、入院中にしておくことがベストです。足元が不安になった父親、母親が自宅に帰ってきてからあわてるよりもよほど良い。

もし、ご家族が入院して一命を取り留めたら、すぐに病院の相談室に行ってください。状況を見て、動いてくださいと言っています。

介護離職から社員を守るために
企業がなすべきこととは

──社員の介護離職防止に向けて、企業側は何をすべきでしょうか。

育介法の両立支援制度において、事業主に義務づけられているのは、次の6項目です。

①介護休業、②介護休暇、③所定外労働の制限、④時間外労働の制限、⑤深夜業の制限、⑥働き方の選択(事業主が講ずべき措置として、短時間勤務、フレックス、時差出勤、介護サービス費の助成、4つのうちのどれか1個以上を採択する)。

また、両立支援制度の周知を事業主に義務付けるための育介法の改正が、ちょうど現在開かれている通常国会で進められており(※2024年2月時点)、2025年の運用開始を目指しています。

厚労省案に記載された義務化の項目は、

①従業員から介護が始まりましたという申し出があった場合に、制度を周知する。
②従業員が介護保険に加入する40歳になったタイミングで、早期の情報提供を図る。
③研修や相談窓口の設置など、雇用環境を整備する。

の3つですが、このほかにも、周知を図る際に制度の目的を正しく伝えることが望ましいといった指針や、従業員がテレワークを選択できるよう、事業主に努力義務を課すなどの内容が盛り込まれる予定です。

このように、介護離職防止に向けて有効な仕組みや制度が整いつつあるのですが、一方で、両立支援制度は就業支援であるという制度の趣旨を正しく理解し、指導できる人材が会社や職場にいないために、受け手の理解が進まず、使いこなせていないのが現状。宝の持ち腐れになっていると感じます。

企業側にとって大切なのは、まず、これまでに述べてきたような介護離職防止のための知識を、管理職や人事部が身に付けること。そして、介護をしていると言い出しやすい環境、相談しやすい環境づくりです。

介護をしながら働いている従業員の存在をきちんと把握し、状況や本人の希望に応じた両立支援制度の情報を提示する。経営者や管理職が介護離職の防止に積極的に関わる姿勢を見せ、継続的な情報発信を行う。こうした取り組みが、介護離職の元凶の一つである “隠れ介護”の解消につながります。

──介護離職防止の分野における、企業側の先進的な取り組みとして、どのようなものが挙げられますか?

当機構のアドバイザー養成講座を受けていただいている某大手企業では、介護に直面した従業員とその上司、人事部を交えた三者面談を取り入れています。

介護離職防止に関する知識が人事部から管理職にまで浸透しており、社員から介護が始まりましたという報告を受けると、面談の開始。

渡される介護のしおりには、ケアマネに相談しましょうといったことまできちんと書いてありますし、面談時間の半分は会社の支援制度の説明、残りは指示に従いながら自分の希望を書き起こして、これをそのままケアマネに渡してください、といったサポートプログラムが出来上がっているんです。

この企業はこういった土壌を作るために10年以上かけていますし、今でも思考錯誤をしながら、取り組みを進化させています。「周知には継続が何よりの近道」という、同社の人事部長の言葉はKABSの姿勢と同じ。当機構としても光栄な思いでサポートさせていただいています。

離職防止に向けた介護業界への期待
介護者本位の姿勢が不可欠

──仕事と介護の両立に悩んでいるご利用者のご家族に向けて、ケアマネや医療ソーシャルワーカーといった介護業界の人材は何をすべきでしょうか。

介護業界の方にお願いしたいことは、次の3つです。まず、育介法という法律があるという情報を伝えていただくこと。こういう法律があるからと。

2つ目は、「私たちに任せてください」という言葉です。それでも介護に携わりたいと言って来られたご家族には、仕事に支障のない範囲でどのように関わっていくかを話し合っていただきたい。

少ないリソースの中、ご家族の助力を仰ぎたいというご事情はあるかと思いますが、介護離職防止の観点から言えば、働くご家族を介護要員としてカウントしない、という選択肢がなければいけません。

3つ目は、介護者その人と向き合うこと。ケアマネさんが使いがちな言葉に、第一声が「お母さん、元気?」というものがあります。ケアマネ向けの研修でこれを言うと、皆さん「あっ!言っています」とおっしゃいます。

もちろん、悪気がないことはわかっています。でも、ご家族からすると、この人が話しかけているのは一体誰なんだろう、と。言葉の中に要介護者本位の目線があると、介護者は心を閉ざします。

第一声は目の前のご家族に話しかけてほしい。「最近どうですか?」でも良い。自分を見てくれているということが、介護者には本当にありがたいと感じられるのです。

──最後に、仕事と介護の両立支援に携わっている方へのメッセージをお願いします。

私は、介護者の最大の不幸は、目の前の介護に視界を奪われて、あるはずの選択肢が見えなくなることだと思っています。社会には多くの介護経験者がいて、それを支援する組織があります。そういった方々を頼って、情報を手に入れてください。情報が増えれば、必然的に仕事を辞めずに済む選択肢も増えていきます。

当機構では、情報を社会に広く伝えてくれる人材、介護離職防止対策促進アドバイザーをこれからも積極的に育てていきたいと考えています。

介護者の方、企業の方、介護業界の方、正しい情報をもって、それぞれの立場でできることをしていきましょう。

【プロフィール】

一般社団法人介護離職防止対策促進機構 代表理事/株式会社ワーク&ケアバランス研究所 代表取締役/介護離職防止対策アドバイザー®・和氣美枝(わき・みえ)さん

1971年生まれ、埼玉県出身。大学を卒業後、マンションディベロッパー業界で15年間、マンションの企画や現場管理などに従事。在職中に母親が精神疾患になり、38歳で「介護転職」を経験する。2013年に「働く介護者おひとり様介護ミーティング」を主宰。2016年に一般社団法人 介護離職防止対策促進機構を設立。2018年、事業譲渡により株式会社ワーク&ケアバランス研究所の代表取締役に就任。

一般社団法人 介護離職防止対策促進機構では、「介護をしながら働くことが当たり前の社会づくり」を進めるため、「介護離職防止対策アドバイザー®」の認定・登録を行っています。

介護離職防止対策アドバイザー®
https://www.kaigorishoku.or.jp/adviser-mark/

取材・文/あいらいふ編集部 撮影/岩下洋介


一般社団法人介護離職防止対策促進機構(KABS)主催 シンポジウムのお知らせ

第8回 介護離職防止対策シンポジウム
『仕事と介護の両立支援の加速』~仕事と介護の両立支援情報交換会~

同コラムにご登場いただいた、一般社団法人介護離職防止対策促進機構(KABS)が
主催する「第8回 介護離職防止対策シンポジウム」が、2024年5月27日(月)に開催
されます。来年度から施行予定の改正育児・介護休業法のご準備のためにも、ご興味
のある方は、ぜひご参加ください。


介護情報誌『あいらいふ』編集部
【誌名】『あいらいふ 2024年4-5月号』
【概要】 初めて老人ホームを探すご家族さまの施設選びのポイントをさまざまな切り口でわかりやすく解説。著名人に人生観を語っていただくインタビュー記事他、人生やシニアライフを豊かにするためのさまざまな情報や話題を取り上げて掲載。
【発行部数】4万部
【配布場所】市区役所高齢者介護担当窓口・社会福祉協議会・地域包括支援センター・居宅介護支援事業所・訪問看護ステーション・病院・薬局など1万か所

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