【ソーシャルワークの現場から-支援連携の輪-】[埼玉] 小林病院地域連携室/看護副部長・野口 恵子 氏

看護副部長・野口恵子氏
community liaison nurse / Noguchi Keiko
母の介護が導いた医療と福祉の架け橋
埼玉県入間市にある小林病院の地域連携室で、看護副部長を務める野口恵子さん。看護師としての経歴は40年を超える野口さんが、医療と福祉をつなぐ役割を担うことになった背景とは。医療の視点を基盤としながら福祉が求められる患者さんたちを、野口さんはどのように支えているのでしょうか。
きっかけは母親の介護の経験
■あいらいふ編集部(以下、あいらいふ):
本日はよろしくお願いいたします。まずは、野口さんのご経歴を教えてください。
■看護師・野口さん(以下、野口):
幼い頃から身体が弱く、よくお医者さんにかかっていました。その際、看護師さんの献身的な姿を見て以来、ずっと看護師にあこがれていました。
看護学校を卒業後、最初に配属されたのは救命救急センターでした。『命とは何か』を深く考えさせられることが多い現場で、体力的にも精神的にも非常に辛くなり、2年ほどして一般病棟へ移りました。
■あいらいふ
その後は、どのようなキャリアを積まれたのでしょうか。
■野口:
一般病棟では、看護師として心のこもったケアとはどのようなものかを常に自問自答していたように思います。今振り返ると、20歳そこそこで、病気を患った方や高齢者に寄り添うことが、本当にできていたのか?と思いますね。
大きな転換点となったのは50歳くらいの頃です。
親が認知症を患い、少しずつ進行していく中で、いざ介護が目の前の問題となった際に、実際に自分で介護をしてみたらあまりにも大変で。
それまでは、看護師という職業柄、「どうしてご家族の方々が自宅で介護をしないのだろう」と感じていました。しかし、休みなし24時間の介護というものは、実際に経験してみないとその大変さが分からないものだと気づかされました。
■あいらいふ:
そこから、介護の分野に興味を持つようになったのでしょうか。
■野口:
そうですね。個人的に施設に親を預けることには抵抗があったのですが、親の介護で悩んでいた時、知人に「施設に預けて、笑顔で面会に行くのよ」という言葉をいただいて、とても救われました。
介護で一時期仕事を離れていたこともありましたが、60歳を前にして、やはり病院で働きたいという思いがありました。
そんな時に、以前働いていた病院の上司が看護部長を務めている小林病院から声をかけていただきました。入職したのは2025年の7月です。福祉の世界ではまだ1年生なんです(笑)。
■あいらいふ:
地域連携室での相談業務では、どのようなことをされているのでしょうか。
■野口:
退院調整はもちろん、大きな病院からの受け入れ時に患者さんの病状を把握することなど、看護師としての経験が役立っています。
ただ、その患者さんにどのような福祉サービスが適しているのか、またどのような制度が利用できるのかについては、まだまだ知らないことが多く、学ぶべきことがたくさんあります。室長にフォローしていただきながら、看護師として私にできることは何かを日々考えています。
■あいらいふ:
住田室長から見た野口さんは、どんな方でしょうか。
■室長・住田美枝子さん:(以下、住田)
医療のサポートが必要な患者さんの退院調整を行う際の心強い仲間ですね。
患者さんにとってどんな医療が必要なのかについてを、野口さんのアドバイスを受けています。それを私たちは福祉でどうフォローできるのかというところで、サービスや制度面で野口さんの詳しくないところは補完しつつ、チームで連携して患者さんに寄り添っています。
野口さんは、本当の意味で人に寄り添って、患者さんの思いを受け止めて行動ができる人だと感じています。
■あいらいふ:
野口さんのこれまでのお仕事の中で、印象深い患者さんとのエピソードはありますか。
■野口:
これは以前の職場での話になるのですが。
「今度、娘の運動会があるのよ」と言いながら、病室で娘さんの衣装を作っている末期のがんを患っている女性の患者さんがいたんです。
「私は入院中だから行けないけどね。旦那も仕事を休めないから見に行けないし、もう最後になるかもしれないからって、頑張って作らないと」と言いながら手を動かしていらっしゃって。
思わず、「だったら、外出届を出して、一緒に行きましょうよ。私が全力でサポートしますから」って。その患者さんと一緒に、娘さんが通っている高校の運動会に行ったことがあります。
今では“責任”とかいろいろ考えて許されないことかもしれませんが、当時、そんな私を支えてくれる心の広い総婦長さんも、背中を押してくださいました。
本当にうれしそうにしていたその患者さんは、その年の冬に亡くなってしまったんですが、ご主人からお礼の言葉をいただきました。
患者さんとの思い出は、元気に帰っていくお姿よりも、そんな風に迷いながらも寄り添ったことの方が記憶に残っていますね。どこまで踏み込んで良いのか、判断に迷うこともあるけれど、できる限り患者さんが後悔しないようにしたい。
■あいらいふ:
現在、勤務されている小林病院で、心に残っている出会いはありますか。
■野口:
まだ40代の奥さまが末期の肺がんを患い、最期はご自宅で過ごさせたいとおっしゃっていたご主人のサポートをしたんです。
余命が1か月くらいという時期に、ご帰宅できることになり、訪問看護や訪問診療など、在宅でサポートができる体制を整えました。ご主人をはじめ、チームの献身的なサポートで、奥さまは家に帰られてから表情もとてもおだやかになり、余命を遥かに超えて4か月後に亡くなりました。
想像以上に、ご自宅での療養が長くなっており、正直に言うと退院の決断が正しかったのかも悩みました。
実は、奥さまが亡くなる1週間前ぐらいに、ご主人のお母さまから、「息子が大変だから、1回入院させて、息子を休ませてあげてほしい」という電話もいただき、再入院も検討しなくてはいけないかもしれないと思ったこともありました。
でも、奥さまが亡くなってしばらくして、ご主人から「1か月しかもたないと言われていたところを、4か月も一緒に過ごさせてもらって、幸せでした」と言葉をかけていただきました。
医療的な視点だけで物事を見てしまうと、同じ結論には至らなかっただろうと思います。現在の職場では、これまでの看護師としての視点とは異なる立場から物事を捉えることや、それまでの見方を切り替えることを意識しています。 また、医療の現場や看護師の立場だったらこう動いてしまうなという行動を、あえて視点を変え、別の方向からアプローチを試みるようになりました。常に、「福祉の立場から、この人に何が必要なのだろう」と考えることも心がけています。
医療は病気を診る 介護は人を観る

■あいらいふ:
看護師としてのご経験が基盤にありつつ、福祉の視点で物事をとらえられているのですね。
■野口:
医療は病気を診ますが、福祉はその方が送られてきた人生の背景や、現在、その方を取り巻く課題を丸ごと見つめます。
例えば、ご帰宅を望む患者さんに対して、「誰とどこに住んでいて、経済状況はどうか、薬の管理はできるのか、利用できる制度はあるのか」など、医療の視点だけでなく福祉の面でも私たちがもっと学ぶべきことがたくさんあると思います。ですから、本当にチームのみなさんにサポートをお願いしながら動いています。
■住田:
野口さんは患者さんを思う気持ちが非常に強く、患者さんに対して自分がどのように対応すれば良いのかをいつも考えています。患者さんを退院させたら終わりではないという考え方をしっかり共有できていて、とても信頼をおいています。
■あいらいふ:
チームが全力で患者さんのサポートをされているのですね。
■野口:
小林病院のモットーは
「家族に接するように、家族に語りかけるように、家族のように愛を持って、私たちは地域医療に貢献します」というものです。
私自身も、患者さんを目の前にする時には、自分自身の父や母、子どもだと考える気持ちを大切にしながら向き合っています。
言葉がけひとつ取っても、愛情を忘れず接することを心がけています。この仕事を続けている限り、患者さんに「必要なもの」は何なのか、看護と福祉の立場から考え続けたいと思います。
===取材協力===
医療法人 一晃会 小林病院 医療相談室
埼玉県入間市宮寺 2417
取材・文:遠藤 るりこ / 撮影:あいらいふ編集部
豊かなシニアライフのための情報誌『あいらいふ』編集部
【誌名】『あいらいふ』vol.183 (2026年5月28日発行号)
【概要】初めて老人ホームを探すご家族の、施設選びのポイントをさまざまな切り口でわかりやすく解説。著名人に介護経験を語っていただくインタビュー記事のほか、人生やシニアライフを豊かにするためのさまざまな情報や話題を取り上げて掲載。
【発行部数】4万部
【配布場所】市区役所の高齢者介護担当窓口・社会福祉協議会・地域包括支援センター・居宅介護支援事業所・訪問看護ステーション・病院・薬局など1万か所