あいらいふレポート

【特別対談・インタビュー】経済産業省「OPEN CARE PROJECT」 立ち上げメンバーに聞く 介護の未来図

2023年3月から経済産業省がスタートさせた、介護の情報発信・オープン化のためのアクション「OPEN CARE PROJECT」。同プロジェクトが目指す「介護のアップデート」とはどのようなものでしょうか。立ち上げメンバーである同省ヘルスケア産業課の水口怜斉さんに、あいらいふ代表の藤田がお話をうかがいました。

「個人の課題」から「みんなの話題」へ
介護に対する認識をアップデート

藤田 本日は対談にお越しいただき、ありがとうございます。私たちあいらいふは、介護保険制度ができた2000年から老人ホーム紹介事業を営んでおり、現在は高齢社会のさまざまなお困りごとのサポートを、自分たちのメインの事業にしたいと取り組んでいる会社です。

今回、経済産業省さんが独自に、介護の情報発信に関連したプロジェクトを立ち上げられたのは、行政と民間の事業者が協力関係を作りながら、介護の問題について解決を図っていこうという趣旨ではないかと推測して、ぜひお話をおうかがいしたいと考えました。まず、「OPEN CAREPROJECT」について、概要をお聞かせいただけますか。

水口 今回、当省の立ち上げた「OPEN CARE PROJECT」は、介護を「個人の課題」から「みんなの話題」へ転換することを目指すプロジェクトです。

介護の当事者や介護業務の従事者に加えて、クリエイター、企業などが参加する議論の場を設定し、介護が抱える課題の解決に向けて、多様な主体が横断的に参加するコミュニティを拡充しながら、介護に携わるプレイヤーを後押ししていきます。プロジェクトの対外的なオープンは今年の3月16日ですが、スタートに先がけて、1~2月にプレイベントとなる「OPEN CARE TALKS」を計3回開催しました。

2025年、団塊の世代にあたる※600万人全員が75歳以上となり、日本人の6人に1人が後期高齢者となります。長寿は歓迎すべきことですが、一方で、認知症や老後の資金に関する不安など、介護にまつわるさまざまな問題を避けては通れません。日本人全員が現状を把握し、介護に対する認識をアップデートするとともに、一人ひとりが課題解決のためのアイデアを出し合う仕組みが必要になると考えました。
(※総務省統計局「令和2年国勢調査」)

介護と仕事の両立に向けて
「ビジネスケアラー」への支援

水口 現在、我々がフォーカスしているのは、介護に携わるご家族について。中でも深刻なのは、仕事をしながら介護に従事する「ビジネスケアラー」の問題です。試算では、ビジネスケアラーは2030年に318万人に上るとの予測が出ました。身内の介護が発生すると、仕方のないことですが働く方の労働生産性が下がってしまう。当省が昨年行った調査によると、ご回答者は体感で約27%もの労働生産性の低下を感じています。

今後、生産年齢人口が落ち込み、企業が労働力をどのように確保していくかが差し迫った課題となる中で、我々にどのようなサポートができるのか。もちろん、このような家族介護者の方に向けて、仕事と介護の両立を図るための支援を直接行っていくことが重要ですが、その前提となる企業側の意識がなかなか醸成されていない。育児の問題が世の中でこれだけ取り上げられ、男性の育休取得や出産費用の無償化についても社会的課題としての認知が進む一方、介護はそこまでに至っていないのが現状です。

藤田 そもそも議論をする上でのデータが足りないと。労働生産性の低下をはじめ、介護に伴う国内の経済面の損失が、2030年には9兆円超に上るとの衝撃的な試算結果も併せて公表されていましたが、まずは議論の土台を作っていこうということですね。

水口 おっしゃる通りです。まず、出発点となる報道の量が少ない。当省の調査では、「介護」についての報道は、新聞やTVを含めて「育児」のおよそ3分の1程度でした。世の中への露出が進まないことには、企業側に本腰を入れて取り組もうというモチベーションが働きません。企業に対する直接のアプローチとは別に、社会の中で「介護」を重要な課題として認めてもらう必要があるという思いが、プロジェクトを立ち上げる契機となりました。

取り上げられる機会を増やす
〝画になる取り組み〟

水口 本プロジェクトでは、介護を文字通りオープンなものにしたい。当事者にならないと話題に入りづらい状況を変えたいと思っています。加えて、介護のポジティブな側面を紹介する機会を少しでも増やしていければ。メディア側からも、TVのニュースで流せる〝画(え)になる取り組み〟がほしいとの意見をいただいており、何かしらアクションを増やしていく必要があると考えます。

藤田 現在の報道では、どうしても周囲の負担や介護離職など、重く扱われがちですからね。

水口 先立って実施した「OPEN CARE TALKS」では、家庭でのオープン化、職場でのオープン化、要介護者との関係のオープン化という3つのテーマをもとに、介護当事者の方とクリエイターに対談していただきました。介護をよく知らない方に入ってもらうことで、介護をする上での気づきとか、その中でこういうことができるとか、実は介護はこんなに面白いんだという風に、良い意味での驚きを生み出せたと考えています。

藤田 実際に発信する側に立たれている方との間で、化学反応が期待できますね。

水口 例えば、タレントのハリー杉山さんは、お父さまが要介護の状態なのですが、介護用品に限らず、介護に使えるさまざまな商品のノウハウをいくつも持っていらして、一度話し出すと止まりません。こういった対話が、個人の中で完結している情報を解き放って、世の中に広く提供する機会にもなると実感しました。

藤田 この、ヤングケアラーの経験を書くエントリーシートというアイデアも興味深い。

水口 ヤングケアラーの方は、就職の面接で、介護の経験を十分に語ることが難しい状況に置かれています。入社しても介護を続けるとなると、それだけで落とされるのではないかという不安があります。

しかし本来、介護の経験はマルチタスクの中でどのようにうまく優先順位をつけて処理するかなど、まさにそのまま仕事に活かせる能力でもある。就活サイトなどで、価値ある体験としてポジティブに評価してもらうチャンスがあればという発想は、新しいアクションにつながります。さまざまなアプローチのアイデアをもとに、介護のイメージを変えていく動きにつなげたいですね。

若者の発信力に期待
〝環境問題〟のように関心高める

藤田 「OPEN CARE PROJECT」の今後の活動についてお聞かせください。

水口 「OPEN CARE TALKS」は、今年度も継続したいと考えています。前回はクローズドな環境でしたが、広く参加を募ってもう少し大きな規模で実施することも検討しています。

介護の領域でアイデアを持っている企業のピッチイベント(スタートアップ企業が投資家などに自社のサービスをPRし、資金を調達する催し)をサポートしたり、メディアに取り次いだりといったマッチングの場としての役割も果たしたいですね。企業側に積極的に参画してもらえるよう、表彰制度などのインセンティブも検討したい。

藤田 さらなる広がりに期待が持てますね。水口さんの考える、このプロジェクトの成功した姿とはどのようなものでしょうか。

水口 例えば現代において、環境問題は大変な関心を集めている。10代、20代の若者たちがSNSを通じて盛んに発信を行い、世の中を動かしています。私自身は、介護問題への関心を環境問題と同じ水準まで引き上げたいという目標を持っています。

今はおおむね40~50代の方が介護する側、70~80代の方が介護される側の中心ですが、さまざまな世代が意見を発信して、社会全体としてこの課題にどう向き合っていくかという議論が日常的に行われるような、開かれたトピックになるのが理想的な姿だと考えています。

企業側は問題意識の共有を
情報不足の解消に果たすべき役割

藤田 経産省の中で、介護問題への対応不足によって、企業の生産性が下がることへの危機感は共有されているのでしょうか。

水口 残念ながら、省内でもそこまでの機運は生まれていない。そもそも、ビジネスケアラーの実態の把握が進んでいません。昨年、企業の人事部を対象にアンケートを行ったのですが、今後、介護に携わる社員の実情を調査していく予定がありますかという質問に、半数以上が何もするつもりはないと回答しました。企業側でも手つかずの状態です。

今は皆さん、身内の介護が始まってから急にあわて出す。そもそも介護保険制度とは? といった基本的な事柄についての問い合わせが地域包括支援センターに殺到し、ケアマネジャーさんが対応に追われて本来の業務に手が回らない状況です。未知の領域である介護について、例えば企業側に協力してもらい、社員向けに、介護におけるリテラシー教育の基礎的な部分を受け持ってもらえないか。ちょっとした研修だけでも相当な意味があると思います。

コストの面でもそれほど負担になるとは思えませんが、実際に取り組んでいる企業はやはり少ない。まず、どれだけ課題として認識してもらうかが大切だと改めて感じます。

藤田 同じような課題は我々も感じています。以前から独自に「介護離職防止ハンドブック」のような、企業の人事制度に合わせた介護情報ツールを用意して、大企業にも研修のお声がけをしていたのですが、なかなか実りません。そこで目線を変えて、中小企業の従業員向けの福利厚生を代行する事業者から依頼を受けて、無料のセミナーを実施しました。

最近は人的資本経営と称して、従業員の教育にお金をかけようという試みがありますが、介護のリテラシー教育もその延長線上にありそうですね。

企業の参入はポジティブな要素
目指すべき介護の将来像

藤田 水口さんは、〝介護の未来図〟をどのようにとらえていますか。

水口 介護保険の財政は、大変厳しい。今後、要介護度1・2の方を介護保険の中でどのように扱っていくのかという議論が、2024年の介護保険法改正に向けた話し合いの中でも見られました。次回の2027年改正でも、引き続き検討されると認識しています。将来は、より幅広い対象者が自治体の所管する総合事業に移管される可能性がありますが、自治体がすべてを負担することは厳しい状況だと思います。

藤田 総合事業に移管されてしまうと、高齢者が多く、財源の少ない自治体ではサービスが提供されない。ますます二極化が進みますね。

水口 加えて介護は、今でも地域における互助というか、非営利的な枠組みが担っている部分が大きい。素晴らしいことではあるのですが、私自身は、このような仕組みの持続性について非常に心配しています。過疎地域では人が減った分だけ、どんどん回らなくなっていく。 

社会保障の財源が限界を迎え、現在の介護保険制度の維持が難しい状況になった時、介護の現場に新しいプレイヤーが入ってこないといけません。その意味で、介護市場への企業の参入はポジティブにとらえるべきでは。海外では介護保険も民間のビジネスとなっていて、日本もそういった国々から学ぶところがあると思います。

一方、介護はいまだにビジネスとして確立しきれていない面もあります。まず、もともと手厚い介護保険が、企業が参入する上では壁になっていました。介護ビジネスを手がける方に話を聞くと、介護保険はおおむね1割負担。9割引きの商品と戦っているのと同じで、なかなか難しい。その上、展開地域はどうしても都会が中心になってしまう。きちんと稼働するビジネスモデルを考えないといけないし、当省としても何ができるのか、検討していくべきです。

藤田 我々がフランチャイズ加盟しているシニア世代のお手伝いサービス「まごころサポート」も、料金は15分500円で、現状では採算は取れない。我々には老人ホームの紹介事業という本業があって、相談窓口をきっかけに親和性の高い本業のサービスにつないでいく形で成立していますが、この事業だけでは継続できないでしょうね。

水口 「OPEN CARE PROJECT」とも関連させながら、保険外の介護を産業としてどう振興するかという話も進めていきたいですね。今は介護業界にも起業家が生まれるチャンスの時期だと思います。私は医療の国際展開も担当しているのですが、アジアの国々も高齢化していて、先行する日本の制度への関心が非常に高い。日本の提供する高度な医療・介護のニーズは、アジアをはじ
め、他の先進国でもますます高まっていくと思います。

藤田 貴重なお話をうかがうことができました。我々も民間のビジネスの力で、介護の課題解決にますます貢献すべく、力を尽くします。本日はありがとうございました。

介護情報誌『あいらいふ』編集部
【誌名】『あいらいふ 2023年6-7月号』
【概要】 初めて老人ホームを探すご家族さまの施設選びのポイントをさまざまな切り口でわかりやすく解説。著名人に介護経験を語っていただくインタビュー記事他、人生やシニアライフを豊かにするためのさまざまな情報や話題を取り上げて掲載。
【発行部数】4万部
【配布場所】市区役所高齢者介護担当窓口・社会福祉協議会・地域包括支援センター・居宅介護支援事業所・訪問看護ステーション・病院・薬局など1万か所

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