対談・インタビュー

【特別インタビュー・人生100年時代の歩き方】プロに聞く 相続の生前対策 後悔しない遺し方

多くのシニア世代やご家族が不安に感じているのが、「財産管理」や「相続・死後事務」といった法律・制度面の課題です。とりわけ、「亡くなった後に、家族や親族に迷惑をかけたくない」と考える高齢のご夫婦と、そのお子さんたちにとっては、切実な問題といえるでしょう。

また、認知症の進行をはじめ、ご本人の介護が始まってから初めて表面化する問題も多く、対人援助の現場においても、避けては通れない課題となっています。

本特集では、相続をはじめとする「生前対策」の基本的な考え方と、備えておくべきポイントについて、グリーン司法書士法人の山田愼一代表にお話をうかがいました。

相続は誰もが通る道 生前対策の本当の役割

──本日はよろしくお願いします。まず、生前対策についての山田代表のお考えをお聞かせください。

人は必ず年を重ね、いずれは亡くなります。したがって、相続や家族信託※といった生前対策は、どなたにとっても避けて通れないものですし、司法書士という仕事も、社会にとって不可欠なものと思いながら取り組んでいます。

(※正式名称は民事信託。認知症などによる資産の凍結を防ぐため、信頼できる受託者に、不動産や預貯金などの管理・処分権限を託す仕組み)

私が気になるのは、相続に関する生前対策を「富裕層のための税金対策」ととらえる方が多いことです。

日本では、相続税がかかるご家庭は全体のおよそ10%です。東京都では不動産価格が高いため、比率は上昇しますが、それでもおよそ20%。多くのご家庭は、相続税そのものを気にする必要はありません。

生前対策の本当の大切さは、事前の意思表示にあります。

相続は、単なる財産の分配ではありません。生前対策は、家族・親族間の良好な人間関係を維持し、ご本人が残りの人生を安心して暮らす上で、欠かせない準備であると言えます。

この仕事をしていて常に思うのは、お金ももちろん大切ですが、人間関係の方が圧倒的に重要だということです。

ほんの些細なことで、ご家族の関係が悪化してしまうケースを、私は数多く見てきました。事前に意思表示をしておくだけでも、防げたと思える事例です。

さらに遺言書や、欲を言えば事前の家族信託制度の利用があれば、結果はまったく違っていたでしょう。

正直なところ、遺産を「完全に平等に分ける」ことは、特に不動産がある場合は、困難です。査定の仕方もさまざまですし、すぐに売却できるとも限りません。

また、ご家族の間で「自分の方が最期まで介護をしていた」「私の方がより負担を担っていた」といった、さまざまな思いが出てくるのも自然なことです。

だからこそ、遺言書や家族信託で、あらかじめ分配方法をご本人が決めていれば、不満は出つつも、ご家族の“納得感”はまったく違ってきます。

そこまで準備を進めてこそ、ご自身も、安心・安全の老後を過ごすことができるのではないでしょうか。

家族に負担をかけないために 生前対策は「認知症対策」

もう一つ、お伝えしておきたいのが、生前対策の中では、特に認知症への備えが非常に重要だということです。

これは相続にとどまらず、家族信託や任意後見の話にも関わってきますが、将来、認知症になったときに、自分自身を守ることにもつながります。

認知症になると、法律上の意思決定に関する多くのことが非常に難しくなってしまい、遺すはずの資産の内容にも影響を及ぼします。このため、「認知症になった後」の生活や資産管理について、あらかじめ設計しておくことは不可欠です。

ご相談でよくある例が、「親に認知症の症状が出て、介護施設を検討している。自宅の売却代金を費用に充てれば入居できるはずだったが、不動産業者に『ご家族では契約できません』と言われてしまった」というものです。

認知症になってしまうと、こうした法律行為を行うためには、裁判所の選んだ「成年後見人」をつけなければいけません。もし、弁護士や司法書士が成年後見人に選ばれ、報酬付与の審判がなされた場合には、毎月一定の費用が発生します。

その上、成年後見人は原則として、ご本人の判断能力が回復しない限り継続する制度ですので、一度つけると多くのケースで、解任することができません。

また、ご家族が後見人になった場合でも、年に1回、裁判所に対して書類を提出する必要が生じるなど、多大な負担がかかります。

事前の準備さえしておけば、こうした問題は起こらずに済みます。「両親が家族信託にしてくれたおかげで、入居の費用を捻出できた、本当に助かった」というご家族の声は、圧倒的に多いと思います。

すべてのシニアに当てはまる 今すぐすべき生前対策2つ

──おひとりさま、高齢のご夫婦、お子さんのいるご家庭など、家族のあり方も多様化していますが、環境に関わらず、どのような方も必ずしておくべき生前対策はありますか?

最低限、ぜひお願いしたいことは2つです。

1つ目は、財産の目録を作ること。ご自身がお持ちの資産を“見える化”しておくことが大切です。

目録によって、ご自身の置かれている状況が明確になる。相続税がかかるかどうかも含めて、何をすればいいのか、全体像を設計する上での第一歩になります。

──相続の際に、ご遺族がすぐに財産を把握できることは大切ですね。

もし、多額の借金が残っていれば、相続放棄も選択肢に入ってきます。

ですから、プラスの財産だけでなく、住宅ローンや事業の借入金といった、負の資産もしっかり記載してください。また、ご自身や親族が事業を営まれている方は、他人の保証人になっているケースも多いので、そこも把握しておくことが重要です。

「財産の目録」などと聞くと身構えてしまいがちですが、難しく考える必要はありません。全体を把握するという意味では、PCの表計算ソフトで作成した簡易なものでも十分です。

もちろん、私たちにご相談いただければ、特に不動産についての評価も含めて、より正確に整理することが可能です。

2つ目は、財産の配分について意思表示をしておくこと。できれば、しっかりとした遺言書を作成しておきたいですね。

──最近は、遺言書までいかない意思表示として、エンディングノートも注目されていますが。

エンディングノートだけでも「ないよりは格段にまし」ですが、法的な拘束力がないので、ご本人の意思を確認する上では、参考程度の扱いになってしまいます。ご希望を書いても、相続人が同意しなければ実現しません。

そのため、やはり遺言書は大切ですね。家族信託となるとコストもかかりますが、何百万円も必要になる訳ではありません。遺言書だけなら、司法書士に依頼しても20万円程度で作成することが可能です。

──自筆証書遺言書についてはいかがでしょうか。 

ご夫婦間のみの簡単な内容であれば、ご自身で作成するのもそこまで難しくはないと思います。

ただ、自筆証書遺言書の場合は、形式の不備を理由として無効とされるリスクがあります。このため、相続人が多い、現金以外の資産を複数持っている、相続人間で財産の分配に不満が出やすいといったケースでは、公正証書遺言書を作っておいた方が、トラブルを防げます。

遺言書の作成はハードルが高い? 必ず必要になるのはこんな人

──特に遺言書を作った方が良いのは、どのような方ですか?

高齢のご夫婦で、現在お子さんがいらっしゃらない方。それから、離婚歴があって、以前の配偶者と、現在の配偶者の間にそれぞれお子さんがいらっしゃる方。この2つのケースでは、遺言書は必須ですね。

また、経営者や自営業者の方にも作成をおすすめします。

──財産の分配方法以外に、遺言書に書いておいた方が良いことはありますか?

遺言書には付言事項という、自由記載の欄があるのですが、そこに、親族やお世話になった方への感謝を記しておく。法的な効力はないのですが、一言でもメッセージがあれば、やはり受け取る側にとっては非常に嬉しいものです。

また、なぜこのように分配したのかという理由を記載しておくことは、非常に効果的だと思います。円滑な相続には、参加者の“納得感”を増すための工夫は欠かせません。

──さまざまな終活の中でも、遺言書の作成は難しいというイメージがあります。

確かに、少しハードルが高いイメージがありますね。しかし、放置しておくと、年を重ねるごとに、体力や判断力の低下も相まって、遺言書に取りかかるのがどんどん難しくなってしまいます。

やはり、年齢で区切って考えるのが有効です。例えば、定年退職のタイミングなどで、取りかかるのが良いですね。

男性は、最低でも65歳を超えたら考え始め、70歳までには準備を進めておくことが理想です。女性の場合は、5歳ほど後ろ倒しでも良いかもしれません。

誰もが“初めて”の生前対策 プロに相談するメリットは?

──生前対策について、司法書士をはじめとする法律の専門職に相談するメリットを教えてください。

司法書士は登記の専門家であり、調整型の法律の専門職です。したがって、相続や家族信託といった生前対策については、最も深く関わってきた職業のひとつです。弁護士に依頼するのは、紛争が起こったときのみ、というケースが多いですね。

私たちは、生前対策を「終活における取り組みの一部」だと考えています。今回は、どなたにでも当てはまる対策に絞ってお話ししていますが、実際は、ご家庭ごとに関心事は多岐にわたります。医療、介護、税金などもそうです。

グリーン司法書士法人では、グループ全体で約300名のスタッフを擁し、年間5000件以上のご相談に対応しています。相続の“点”の部分でもお役に立つことはできますが、私たちにご相談いただければ、これまでに積み重ねてきた実務上の経験とノウハウを活かして、さまざまな側面から課題をご一緒に考えます。

ご家族の形態や所得に応じたシニアライフを、より安心なものにする、立体的なご提案ができると思います。

──ご家族の判断能力の低下が心配な場合にも、相談はできますか?

生前対策における「認知症」は、重度のケースを前提として語られがちですが、判断能力の低下には、段階があります。

もちろん、手続きを進める過程で慎重になる必要は生じますが、主治医の診断、公証人の判断を踏まえ、ご本人がご自身の財産状況について、問題なく話せる状態であれば、遺言書や家族信託なども認められるケースが十分にあります。

ですから、ご不安がある場合は、お早めにご相談ください。早いほど、お役に立てる可能性が高まると思います。

──最後に、読者の方へのメッセージをお願いします。

今回、お話しした生前対策は、終活の一環であり、ほぼすべての方に必要なものです。「お金がないから、自分には相続は関係がない」は間違い。相続は、死後のことではなく、これからを安全・安心に暮らすための準備です。

大切なのは、人生のエンディングを自分でデザインしようとする姿勢です。誰もが通る道ですから、自分ごととして考えつつも、深刻になり過ぎないように。

その中で、トータルかつ多面的な視点を持つ専門職へのご相談を、選択肢のひとつとしてお考えに入れていただければ幸いです。


いくつ当てはまる?生前対策チェックリスト


【プロフィール】
グリーン司法書士法人 代表社員司法書士
山田 愼一(やまだ・しんいち)さん

2005年、司法書士試験に合格し、大阪の司法書士法人にて主に不動産登記業務を担当。2007年4月、大阪市中央区でグリーン司法書士事務所を開業。2013年4月、グリーン司法書士法人として法人化し、代表社員司法書士に就任。現在は、業務のかたわら、相続・家族信託分野を中心に相談・執筆・セミナー登壇なども行っている。著書に『世界一やさしい家族信託』(クロスメディア・パブリッシング)など。

取材・文:あいらいふ編集部 / 撮影:喜多 二三雄

豊かなシニアライフのための情報誌『あいらいふ』編集部
【誌名】『あいらいふvol.182(2026年3月26日発行号)』
【概要】初めて老人ホームを探すご家族さまの施設選びのポイントをさまざまな切り口でわかりやすく解説。著名人に介護経験を語っていただくインタビュー記事のほか、人生やシニアライフを豊かにするためのさまざまな情報や話題を取り上げて掲載。
【発行部数】4万部
【配布場所】市区役所の高齢者介護担当窓口・社会福祉協議会・地域包括支援センター・居宅介護支援事業所・訪問看護ステーション・病院・薬局など1万か所

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