【特別インタビュー】人生100年時代の歩き方 プロに聞く“実家片づけ”の心構え
終活や家じまい、高齢者施設へのご入居などに際して、親子が直面する問題が、長年住み慣れたご実家の片づけ。思い出が詰まった品物とのお別れや、どこから手を付ければ良いのかわからないといった、数々の心理的・体力的なハードルが立ちふさがります。
本特集では、コンサルタントによる片づけサービスを手がける株式会社スペースR(東京都府中市)の戸田里江代表にお話をうかがい、「実家の片づけ問題」が起こる理由とその対応策、実際に片づけを進める際のポイントをご紹介します。
親子を悩ませる一大事
実家の片づけ問題の現状
──シニアライフのトータルサポートカンパニーを目指すあいらいふは現在、メイン事業である老人ホームの紹介業にとどまらず、さまざまなシニア向けサービスを拡充・展開し、シニアのお困りごとの相談窓口としての役割を果たしています。
今回は、ご入居に際して直面することの多い「実家の片づけ問題」について、戸田代表にうかがっていきます。早速ですが、近年、ご相談は増えていますか?
体感では、確実に増えています。親御さんが要介護状態になると、次の問題は、高齢者施設への入居がいつになるのか、ですから。ご入居に伴う実家の片づけも、依頼が増えていますね。弊社が受ける仕事の中でも、比率が上がってきています。
──実家の片づけ問題が起こりやすいご家庭の特徴はありますか?
この問題は、離れて暮らす親御さんとご実家をお持ちの方には、全員に起こり得ると思いますが、リスクが特に大きいのは、いわゆる豪邸や広いお家です。
ご高齢の方に共通する傾向ですが、年をとるにつれて外出がおっくうになったり、さまざまなきっかけで不安が大きくなると、とにかくストックをたくさん持ちたがります。
広いパントリーのあるお家だと、ご夫妻での生活にもかかわらず、お醤油のボトルが5、6本も置かれていたり。不安を物で埋めようとするわけですね。
加えて、震災や戦争を体験しているとか、戦後の貧しい時代に親が苦労しているところを目の当たりにしたとか。そういった経験をしている親御さん世代は、とにかく捨てたら大変、と考えます。
こうした下地があって、なおかつ広いお家にお住まいであれば、まず、捨てようとしません。捨てる必要もないので、物は溜まっていくばかりです。
一方、40~50代のお子さん世代には、物が少ないほど暮らしやすいという、ミニマリズムの考え方が浸透している。両者の価値観がまったく異なるために、口論やいさかいが発生します。
──実家の片づけがどれほど大変な作業になるか、イメージがつかめずにいるご家族もいらっしゃると思いますが。
引越しも合わせて、“家じまい”の際に実家から出てくる段ボール箱が、いくつになると思いますか?平均的なお家でトラック5台分、広いお家なら10台分。段ボール300~400箱です。これだけの量になると、一人で解決しようにも限界があります。
ご本人は、ご自身が段ボール300箱分の荷物を所有しているとは思っていないんです。一方で、お子さんたちの方も、実家のどこにどんな物が隠れているのか、見当もつかないというケースが多い。
加えて、その300~400箱の中に、親の物、自分の物、きょうだいの物が混在しています。それらをすべて持ち主に返すのか、捨てるために逐一、確認を取るのか。
いずれにしても、本当に大変な作業です。親も子も、片づけにかかる労力、費用、すべてにおいて見立てが甘いのが実態と言えます。
ご依頼者の親子間で、意見が食い違うことも日常茶飯事ですね。ただ、実家も品物もあくまで親御さんの持ち物ですから、お子さんの方が、親御さんの「捨てない」価値観を全面的に受け入れるしかない。
しかし、価値観を変えずとも、「こんなにたくさん、必要ないんだ」と気づいてもらうことは可能です。そのためのノウハウが、私たち専門業者にはありますから。
──実家の片づけ問題を放置するリスクについてお聞かせください。
まず、片づけの機会を逃すと、お子さんたちがいずれ直面する“家じまい”が難しくなります。事前の準備をしておらず、一度に済ませようとするほど、余計にお金がかかる。
ご年配の方は、遺品になったら要らない物は捨てれば良いじゃない、という考え方なのですが、とんでもない。買ったときの金額よりも、処理費用の方が高くつくことがあります。
あとは、普段の生活の中で、物が邪魔をして暮らしにくくなる。床にいろいろな物が置かれているせいで移動がしづらくなったり、配線につまずいたり。
また、高齢者施設へのご入居にまでは至らなくとも、親御さんのためにご実家のバリアフリー改修を検討するといった機会もあるかと思いますが、工事に取りかかる前にまず、片づけないと何も進まないといった状況のご依頼者にも多く遭遇してきました。
物を探すことに費やす時間も、精神的なストレスのもとですね。若い方には、片づけのメリットを時間とお金の節約、ストレスの軽減と言っていますが、シニア世代には、そこに安全性が加わります。
コミュニケーションの大切さ
片づけを始める前の心構え
──ここからは、お子さんが実家の片づけに取り組む際のポイントをおうかがいします。まず、お子さんが親御さんに代わって実家を片づけることには、どのようなメリットがありますか?
大きなメリットは、親御さんが清潔で安全な生活環境を持続できること。
皆さんは、実家の片づけ=終活ととらえがちですが、親御さんが普段からの生活を継続するためだと考えた方が良いですね。最期のことばかりでなく、今、快適に住まうことも考えましょう。今が幸せな状態でないと意味がありません。
ですから、押しつけるのではなく、まずは親御さんの意向にできるだけ沿う。
とはいえ、私は独りで大丈夫と言われても、実状はまるで異なるケースもありますから。親には従うように見せておいて、生活しやすい環境を保てるよう、どのようにコントロールしていくかが、“子どもとしての力量”の見せどころだと思います。
例えば、玄関にゴミ箱を置くだけでも、不要なダイレクトメールやチラシをリビングに持ち込まずに済みます。小さな工夫の積み重ねが、ゴミ屋敷化の予防につながるかもしれません。
──実家の片づけを始める際に、準備しておくべきこと、心がけておくべきことはありますか?
大切なのは、普段からのコミュニケーションです。エンディングノートなどもありますから、親御さんのご希望を聞いておく。
あとは、ご実家の資産がどのくらいあるのかも、確認しておいた方が良いですね。ご本人のお身体の状況に合わせて、資産の管理方法なども調べておくとなお良いと思います。
実家の片づけにしても、施設へのご入居にしても、相続や財産といった話題を含めた、親御さんのエンディングに向けての話し合いをご家族で済ませておかなければいけません。
ご本人は、私は天国に行くからとのんびり構えていますが、残されたご家族、とりわけお子さんたちに迷惑がかかります。ご自分が亡くなった後の片づけをしてくれる当事者ですから、若い人の言うことをきちんと聞かないとダメですね。
──親御さんが幸せなエンディングを迎えるために、どうすれば良いか。実家の片づけは、相続や財産の管理といった問題を含む、大きな終活プロジェクトの一部ということですね。
親の価値観を受け入れよう
“気づいてもらう”片づけのポイント
──実際に片づけに取りかかる際に、捨てることをためらう親御さんへの対処法はありますか?
私たちがよく使う手法を“見える化”メソッドと呼んでいるんですが、食器棚でも靴箱でも、中身をわかりやすく全部、目の前に並べてあげる。
「嫌だわ、こんな物まで持っていたのね」「こんなにたくさんあるとは思わなかった」と親御さんの態度が変わってきます。そこで、一番気に入った物だけ残してもらいます。
お子さんはあくまでも親御さんを尊重し、「捨てない」価値観を共有する。親御さんの価値観を変えようとするのではなく、こんなに要らないんだと、気づいてもらうことが重要です。
──親御さんが思い入れを持っている品物は、どのように扱えば良いでしょうか?
思い出が詰まった品物、親御さんが捨てたくない物は、できるだけ残してあげたいのですが、捨てたくない物が多過ぎるのが問題。残す物を厳選する必要があります。
特に苦労するのは、写真やアルバムですね。たくさんありますけど、引越し先で今後これを見返すことがありますか?と聞きます。写真って、整理するときにしか見ないんです(笑)。
若い方には、見返すための“時間”をキーワードにして手放す物を選択してもらえるのですが、シニア世代は時間にゆとりがあるので、動機付けにはなりにくいですね。ランク付けを行って、過去の思い出を厳選していただくのが良いでしょう。
品物の場合は、「回想法」という手法があって、目の前に置かれた、その物にまつわる思い出話を聞かせてもらうだけで、ご本人の執着がなくなることがあります。
自分の思いをわかってもらえた、という意識が重要で、お気持ちの整理をすることで、手放しやすくなるんですね。ある程度、時間はかかりますが、お子さんがそうやってお話を聞いてあげると、納得を得やすくなると思います。
──お子さんが主体となって実家の片づけを進める際に、親御さんやごきょうだいとは、どのようにコミュニケーションを取るのが良いでしょうか。
基本的に、親御さんに捨てることを無理強いしてはいけません。無理やり捨てようとするのは、いさかいのもとです。ご本人に聞き取りをしながらやるしかない。
とはいえ、相手に共感し過ぎるのも禁物です。一から十まで懇切丁寧にやってあげようとすると、いつまでも終わりません。実際の作業中は、多少はぶつかりながら進めていくのが当たり前。親子ですから、正面衝突さえ避ければ、けんかをしてはいけないということはありません。
私の経験によると、こういったケースでは、男性の方が断然優しい。親を尊重しすぎるんですね。母親と息子さんのケースだと、いつまでも待ってあげている。女性の方が強行突破しますね。「いらない」って。シビアです(笑)。
他人の物を整理しようとする場合は、さらに大変です。実家にごきょうだいの部屋がそのまま残っていたり、私物がある場合は、自分で対処するより、思い切って相手に任せましょう。
お盆や正月、家族が集まるときに、全部整理をしてくださいと伝える。それぞれが合鍵を作って、ご自分で整理をしてもらいましょう。この日までにすべての品物を処分するので、この日までに撤去してくださいと期限を切って、ご本人にミッションとして伝えるのが良いと思います。
やはり、ごきょうだいは大事ですね。皆で集まって、「こんな物が出てきたよ」などと、わいわい話しながら作業をする。複数人で取りかかれば、肉体的にも心理的にも、断然楽に進めることができます。
ひとりっ子だったら、旦那さんや奥さまがその役を担当する。独身ならもう、一人ではできませんから、割り切って専門業者に頼むことをおすすめします。抱え込まないためにも、プロの割り切り方は大事ですから。
──片づけた後も物が増えてしまう“再発”を防止するためには?
居室のリフォームや家具の配置換えが可能な場合は、片づけ後に、ご高齢の方が暮らしやすい、快適なお部屋に作り替えることが大切です。安心して生活ができれば、不安から来る二度買いや溜め込みは軽減します。
ポイントは、最低限、必要な物だけを種類ごとにわかりやすくまとめた場所(「モノの家」といいます)を決める「定位置管理」と、動線を考えた「動きやすいレイアウト」。
収納家具が減った結果、部屋の中心に何もないスペースができているくらいが、シニア世代にとっては理想的な動きやすい空間になります。
時間の節約・心理的な負担の軽減
専門業者を頼るメリット
──専門業者の力を借りるメリットには、どのようなものがありますか?
これはもう、早く終わること。スピードですね。何年も悩みの種だった実家の片づけが、数日で終わります。悩んでいる時間ももったいないし、何を捨てるかをプロがジャッジしてくれるのも、心理的な負担の軽減につながります。
ただ、一律にすべての品物を回収・買取するだけの不用品回収業者もいますから、思い出の品を確認しながら手放したい方や、実家のどこかに置かれている大事な物を探している方などは、業者を選ぶ際に注意が必要です。
㈱スペースRは、ご依頼者に寄り添いながら“一緒に考える”片づけコンサルタントとして、「整理収納アドバイザー」1級資格を持った女性スタッフが、お客さまの価値観に合わせて大事な物を探しながら、要・不要の仕分けを行っています。
近年、弊社のようなコンサルタントによる片づけサービスのニーズは増えていますが、ご依頼の内容も多様化しているので、口を挟み過ぎるとお節介になってしまうケースもあれば、逆にすべてお任せしたいという方もいらっしゃいます。
一律にルール化をしていないので、すべてが臨機応変。マニュアルがないので、申し訳ないのですが“人間力”がない方には務まらない仕事です。
──最後に、実家の片づけをお考えの読者の方に、メッセージをお願いします。
まずは、ご本人の意思を尊重して差し上げること。それから、粗大ゴミを捨てておくとか、元気なうちから少しずつ、片づけることですね。
後ろ倒しにしておいて、いざというときにまとめてやろうとすると、余計にお金がかかります。最低限、ゴミ屋敷化さえ防いでおけば良いと思います。
実家の片づけを、親子の一大事にさせないために役立つのは、技術ではありません。日頃からの周囲とのコミュニケーションです。それから、実際に取り組むときは、決して一人で抱え込まないこと。大いに人を頼らないといけません。
現役世代は、自分たちの生活を支えるだけで大変。働くだけで精いっぱいです。すべてを自分でやろうとせず、周囲の人を頼って、時にはお金を使って、アウトソーシングをしてください。そのために私たち専門業者がいると思っています。
【プロフィール】
株式会社スペースR代表取締役/整理収納コンサルタント
戸田里江さん
大手住宅メーカーに勤務中、「収納×リフォーム」事業の構想に着手し、リフォームや住み替え時のサポートを行う独自の片づけサービスを企画・販売する。特定非営利活動法人ハウスキーピング協会認定「整理収納アドバイザー」1級を取得。2018年に株式会社スペースR代表取締役に就任し、現在まで、1000件以上の住まいの片づけに携わる。
取材・文:あいらいふ編集部
撮影:近藤 豊
介護情報誌『あいらいふ』編集部
【誌名】『あいらいふ vol.174(2024年12-1月号)』
【概要】 初めて老人ホームを探すご家族さまの施設選びのポイントをさまざまな切り口でわかりやすく解説。著名人に介護経験を語っていただくインタビュー記事他、人生やシニアライフを豊かにするためのさまざまな情報や話題を取り上げて掲載。
【発行部数】4万部
【配布場所】市区役所の高齢者介護担当窓口・社会福祉協議会・地域包括支援センター・居宅介護支援事業所・訪問看護ステーション・病院・薬局など1万か所