【特別インタビュー】映画『九十歳。何がめでたい』前田 哲 監督がシニア向けエンタメを撮る理由
『ブタがいた教室』(2008)や『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』(2018)など、シリアスなテーマを扱いながら、真っ向勝負のエンターテインメント作品を生み出すことで、多くのファンを抱える映画監督の前田 哲さん。
近年は『老後の資金がありません!』(2021)や、『九十歳。何がめでたい』(2024)など、シニア向けの題材を手がける機会も増えています。
高齢化が進む日本で、社会問題を扱った作品にシニア向けが増えるのは必然なのか。前田監督がシニア向けエンタメを「撮る理由」をうかがいました。
映画好きの少年が
撮影所のバイトから監督になるまで
──まず、前田監督が映画に興味を持たれた最初のきっかけについてお聞かせください。
子ども時代は、テレビで週の半分以上、映画をやっていました。『ゴールデン洋画劇場』とか『日曜洋画劇場』とか。ハリウッド映画が主ですけど、たまにヨーロッパの映画なんかもあって。それが最初のきっかけです。
僕にとっては、スティーブ・マックイーンが一番のスター。『大脱走』や『荒野の七人』が好きでした。
育ったところは大阪の田舎です。小学校に、映画好きの友人が一人いて。休み時間にみんながボール遊びをしている中、僕とその友だちだけが、映画のワンシーンを再現する遊びに興じていました。
小学校の卒業文集を見返すと「将来の夢は映画のプロデューサー」って書いてある。でも、横のイラストでは、帽子をかぶってカチンコを持っている(笑)。プロデューサーと監督の違いもわからないまま、当時から自分は作り手側で映画の世界に入りたいと決めていましたね。
──高校を卒業されてから、東映の撮影所でアルバイトを始められました。
映画館に通うようになったのは、高校に入ってからです。学校に行くついでに映画を観にいくという感じでした。
高校を卒業した後は、映画の専門学校に。映画評論家の淀川長治さんに教わる映画鑑賞の授業は楽しかったのですが、早々にドロップアウトして、練馬区の大泉学園にある東映東京撮影所で大道具のアルバイトを始めました。今も、ちょうどそこで仕上げ作業をしていて、その場所には思い入れがありますね。
最初は何もできないから、ナグリ(金づち)を持ち歩いて、セットをバラすだけ。そこの棟梁に、自分の父親くらいの年齢の人がいて、どうしても助監督をやりたいんだって話をしたら、わざわざ所長さんのところに連れて行ってくれたんです。
で、セット付きっていう現場担当の大道具さんにしてもらって。そこで、現場のスタッフと知り合って、アピールするわけです。その後は、美術助手の見習いとか、そういうことをやっていました。
いろいろな作品に美術の見習いでついて、やっと助監督になれました。でも、僕らの世代はテレビ局が主導して映画を製作するのが隆盛の時代。岩井俊二監督らが彗星のごとく現れた頃です。
ミュージックビデオとかCM、テレビ業界から来た人たちが作品を発表して、ヒットして。みんなカッコいいんですよ。助監督って、下積みから這い上がっていく感じだから、非常にダサいという感覚があった。希望の星と呼べるのは三池崇史監督くらいで、助監督をやっていても監督になれないのかな、と思っていた時期ですね。
そこからようやく『ポッキー坂恋物語 かわいいひと』(1998)で監督デビュー。助監督としてのキャリアがあるから、デビューすればオファーが来ると思っていたんですけど、全然ダメでした。
今はメディアがたくさんありますから、配信も含めてチャンスはあるけど、当時はものすごく狭き門。自分で企画書を持っていっても誰も相手にしてくれず、雀の涙の予算で、半分自主映画のような作品を撮る、そんな感じでした。
映画監督への復帰を決めた
『こんな夜更けにバナナかよ』
──2000年代にはいくつもの作品を発表した前田監督ですが、一時は芸術大学の准教授に就かれたことも。映画監督としてのキャリアを再開する転機となった作品が、介護されることに“物怖じしない”障がい者の青年と、ボランティアの人たちとの交流を描いた『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』でした。
松竹のプロデューサーさんが、声をかけてくださったんです。「キャリアはあるのに、賞も獲っていない、ヒット作もない。どうするんですか、この先」って。その方のおかげで『バナナ』ができた。
その時は「企画を30本出してください」と言われて。でも、全部ボツ。ひとつも採用されなかった。「『ブタがいた教室』のように、本当に自分がやりたい企画を、カッコつけないで考えてください。映画は観客を感動させるものじゃないんですか?」と、叱咤激励されました。
プロデューサーにそう言われたとき、ふと、買ったままになっていた原作のタイトルを思い出したんです。お涙頂戴の闘病ものは苦手だったので放ったらかしていたんですが、いざ読んでみたら、世間が抱いている障がい者の方への、ステレオタイプなイメージを打破するものだった。障がいを持っているけど、自由に生きている人が実際にいたんだ、と。
これこそやる意義がある、ぜひやりたいという思いでプロデューサーにかけ合ったら「これは面白い、でもこの企画だと完成まで3年かかりますよ。覚悟はありますか?」と聞かれて。大学を離職して、3年半かけて企画実現にこぎつけました。
──作中でも、例えば大泉洋さん演じる鹿野青年が亡くなるシーンは、まったく描かれない。全体を通して明るいイメージに満ちています。
意識的にカラッと描くのが僕のやり方ではあります。辛いことを辛いでしょ?かわいそうでしょ?と描くのはしんどいかなって。
根っこにあるのは多分、大阪という生まれ育ちじゃないかな。面白うて、やがて悲しゅうてってことですね。人生って、どちらかだけではないので。ジトッとした、湿度の高いものにはしないように意識しています。
これを作った時に、障がい者の方向けの試写会も開いたんですけど。会場に車イスに乗った中学生の男の子が来て、みんな僕たちを「けなげに頑張ってるね」という視線で見るんだと憤っているんです。どうしていちいち同情されたり、頑張ってるね、なんて言われるのか。そんなものは大きなお世話、僕はこの姿で今、幸せに生きているんだと。
「でも『バナナ』は違うみたいだから、観てやるよ!」って言われて。その少年の言葉がすごくうれしかった。
ほかにも試写を観た障がい者の方から、この映画は自分たちが言いたいことを言ってくれている、と。例えば、お尻を他人に拭いてもらうときに、「もっと強く」という一言が言えないらしいんですよ。やっぱり、やってもらっているという遠慮がある。 そういった当事者の気持ちがこの映画では表現されていて、本当に言いたいことが全部わかる、と言っていただけました。
介護のやりがい、そして辛さ
人間の尊厳描く『ロストケア』
──一方で、『ロストケア』(2023)で描いたのは、“介護殺人”。介護のまったく異なる側面に焦点を当てています。
『ロストケア』は少し深掘りしました。ハードな面を避けるわけにはいかなかった。制作までに10年かかりました。手を挙げてくださる配給会社がなかなか見つからず、最後は日活さんに引き受けていただきましたが、この間、親族の介護も経験しました。
父方の叔母の家が、いわゆるゴミ屋敷になってしまって。叔母の通帳はあるけど、カードの番号がわからないとか。叔母には子どもがいなかったので、自分が引き受けざるを得なかった。
その時の経験があったので、自分の父親に認知症の兆候が表れてきたときは、早めに老人ホームに入居してもらいました。
つい先日、最期を看取ったのですが、前月の面会では、お寿司が食べたいと言うので買っていて。一口で食べられるよう、半分に切って口元に持っていく。若い頃は、父親の食事を介助する日が来るとは思ってもいませんでしたね。
結局、仕事をしているので、自分では抱えられませんでした。幸い、自分は親の年金があったので施設にお願いすることができましたけど。
──やはり、介護には喜びと辛さ、両方の側面があるとお感じになりましたか。
それはありますね。施設の方やケアマネジャーさんにも話を聞いて、いろいろ取材もしました。自ずと参考にせざるを得ないというか。
自分の場合は叔母と両親のことがあって、家で直接面倒を見ることはなかったのですが、実際に両親が老人ホームに入る中で、それに類することは体験しましたし、見えてくるものが多かったです。
社会問題をエンタメに
前田監督が映画に込めた思い
──さまざまな社会問題を、ユーモアに乗せて描かれるのが前田監督の持ち味です。
今の時代、皆さんいろいろな事情を抱えながら生きているので、 それを少しでも解消できるヒントになればという思いはあります。
もちろん、僕自身が正解を持っているわけではないので、こういうことではないかなという提示ではあるんですけど、何かのきっかけになってくれれば、と。
自分の作品のすべてに共通している要素として、「~だから」「~のくせに」というのを払拭したいんです。障がい者だから、高齢者だから、家に閉じこもっていればいいのか。違いますよね。働いてもいいし、恋をしてもいいし、その人の意思でいいはずです。
女だから、男だから、子どものくせにとか、そういったことを打破したい。みんな平等で、自由であるべきで、年齢も性別も人種も関係なく、いろいろなことにチャレンジしていい。平等であることは、人間の尊厳に関わってきます。
『ロストケア』も、テーマは尊厳の問題です。自分なりの考えをもとに作っていますが、それを押し付けるつもりはないし、映画はやはり、観た方が自由に感じ取っていただければと思います。
──DEIの観点は、まさに弊社の取り組みとも重なります。そういった前田監督のお考えの下地はどこにあるのでしょうか。
僕の育った場所は、在日韓国・朝鮮人の方が多くいらしたり、近くに同和地区がある地域だったので。クラスにはいろいろなルーツを持つ人がいた印象でした。でも、何も変わらない、同じ人間。子どもにとってはね。大人はいろいろ言うけれど、何が違うのかなって。
それから、やはり当時のハリウッド映画でも、黒人差別がテーマとして作品の中で扱われていましたから。そういったことが、素朴な感情としてあった。同じだよねって。
みんなそれぞれ好みはあるでしょうけど、同じように笑い、怒り、泣いたりして遊び学んでいる。何が違うんだろうという思いはありました。
シニア層の需要を開拓
『老後の資金がありません!』
『老後の資金がありません!』は、TBSからお話をいただいたんです。脚本作りから参加して、プロデューサーとシナリオライターとみんなで何度も話をして。
主演の天海祐希さんって、パブリックイメージは強くてカッコいい女性ですけど、彼女が “普通の主婦”を演じて、草笛光子さん演じるモンスター姑がやってきて、難題が次から次へと降りかかる姿を面白おかしく描きたいというのが、頭の中にありました。家電製品がいっせいに故障するのは“あるある”ですけど。
原作にアレンジは加えています。画的に面白くするために、原作の習い事をフラワーアレンジメントからヨガ教室に変えたり。それから、最後は生前葬にして大団円にしようということで一致しました。未来に向けて、どういった生き方をするか。子どもが巣立った後、夫婦がどう生きていくかという新しい提示もしています。
──前田監督が草笛さんとお仕事をされたのは、同作が初めてです。 草笛さんにどんな印象を持たれましたか?
お話ししてみて、かつての銀幕のスターである品格を備えつつ、年齢を超えた美しさとしなやかさをお持ちになっている、とてもチャーミングな女優さんだなという魅力を感じました。
よく食べるし、チョコレートとお肉が大好き。年をとると早起きになるというけど、朝起きないんですよ。撮影はいつも昼からで、13時開始がいつの間にか14時開始になっていたり(笑)。
なぜだか、彼女もこちらを気に入ってくださって。今は毎年、元日に草笛さんのご自宅にお呼ばれするのが恒例になっているんです。お会いした時は、やはり往年の名画の話題になることが多いですね。市川崑監督や成瀬巳喜男監督など、そうそうたる名監督の作品に出演されていますから。
すごいなと思うのは、草笛さんは「こういう舞台をやりたいの」とか、未来を見て、夢を語られる。『九十歳。』の企画もそこで初めてお聞きしました。
二人のレジェンドとの仕事
『九十歳。何がめでたい』
──作家の佐藤愛子先生のエッセイを原作にした『九十歳。何がめでたい』は、観客動員数80万人、興収10億円を突破する大ヒットとなりました。
映画化自体は、草笛さんが提携しているオスカープロモーションのプロデューサーの発案なんです。
草笛さんから、佐藤愛子先生の役を演じる話があるんだけど、どう思う?って相談を受けて。エッセイを読んでみたら面白くて、これは映画になる、草笛さんにぴったりじゃないかと。
ただ、愛子先生も最初は「物語がないので、エッセイは映画にならない」とNGを出されていたんです。企画だけがあって何も進んでいなかったので、僕が松竹とTBSにお声がけして乗っていただきました。『水は海に向かって流れる』(2023)でもご一緒した脚本家の大島里美さんにお願いして作ったシナリオを、愛子先生に読んでいただいて。
愛子先生ともご一緒に食事をしたんですが、本当にお元気でかくしゃくとされていて、当時99歳の愛子先生が、私と同じ量をペロリと召し上がっていました。シナリオに、付せんがビッシリ貼ってあって、このセリフがどうだとかこうだとか、意図を全部細かく聞かれて。
「あなた、意外と頭の回転早いわね」って褒めていただきました(笑)。すごく昔のこともバッチリ覚えていらして、ものすごく明晰な方です。
──原作にはない、唐沢寿明さん演じる編集者の吉川が登場したことで、作家と編集者の “バディもの”としての魅力も生まれました。
これは、大島さんのアイデアですね。 僕は、女性の親子3代が暮らす家庭を中心に話を展開すればいいと思っていたんですが、男の人がいた方がいいですよって話になって。
それなら実際に、断筆宣言をしていた愛子先生から連載の承諾を取り付けた小学館の編集者を組み入れようと。でも本人は、こんなに破天荒なキャラクターじゃないですよ(笑)。
吉川が佐藤先生のところに押しかけることで、図らずも先生の生きがいにつながる連載のきっかけを、無理やり作り出す。お互いウマが合って、時代遅れと言われた二人が、現代に逆襲する話…というのは、エッセイの本質でもあり、大島さんの狙いです。
──前田監督の作品は、本当に“ハマり役”が多いと感じます。キャスティングにはこだわりを持たれていますか?
“演出の8割はキャスティング”という言葉があるんですよ。今村昌平監督、伊丹万作監督も言っています。マーティン・スコセッシ監督は9割だと言っていて、現場での仕事は1割かよ!と思ったけれど(笑)、やっぱりキャスティングがすべて。
監督が何を望もうと、キャスティングされた俳優さんの持っているもの以上のことはできません。俳優さんご自身が持っている、どの引き出しをどう開けてもらうかにかかっているかと思います。
それから、重要なのは組み合わせです。そこに新鮮な驚きがないとダメですよね。草笛さんに対して誰が合うのか。スターはスターでも、この“モンスター”に対抗できる方ということで、唐沢さんが見事に応えてくださって。振り切った芝居をしていただけました。
これだ!と思う方がいても、すでにスケジュールが入っていたら頼めない。これも巡り合わせ、縁ですね。
──本作への反響で印象に残っているものは。
知り合いからLINEやメールで、親が観に行きたがるから、何十年ぶりに映画館に連れて行ったという話はよくいただきます。
もう70とか80ですよ、親もね。親子で映画に行く機会なんてないじゃないですか。もう何年も映画館に行っていない方に、足を運んでいただけた。知り合いからお母さまと二人の写真が送られてきて、親孝行できました、みたいなメールはやっぱりうれしいですよね。
大人の鑑賞に堪える作品を
シニア向けエンタメの今後
──介護や老後資金、高齢期のテーマを扱った映画は、これからも映画業界で増えていくとお考えでしょうか。
“大人が観られる映画がない”というのは、いつも言われるんですよ。そういった意味では、大人の恋愛映画みたいなものも作ってみたいし、若者だけじゃなくて、中高年の会社員が観たがるものを作ったっていいんじゃないか。
おかげさまで『九十歳。』は、観客動員数が80万人を突破しましたけど、こうしてシニア世代のお客さんにも来ていただけたわけですから。来てくださるお客さんだけを相手にするんじゃなくて、新しいお客さんを開拓するくらいでないと、映画界はまた沈んでしまうんじゃないかな、という危機感があります。
それと、僕自身は、介護や老後資金もそうだし、虐待やいじめなどの、いま、日本が抱えている社会問題をエンタメにして、みんなで共有したい。
国や社会を動かすムーブメントとまではいかなくても、一人ひとりが社会に対する意識を持つこと自体が、大きな変化につながると信じています。新聞の見出ししか読まなかった人が、記事の中にまで目を通すきっかけになればいいと願っています。
──最後に、これから前田監督の作品をご覧になる読者の方へのメッセージをお願いします。
ありがちなことしか言えないのですが、とりあえず笑うっていうことはね、何よりも大事です。草笛さんの姿を観てもらえれば、それだけですごく希望、元気がもらえる。いい気持ちになれるので、ぜひ、たまにはお出かけして観てもらえればな、と思っています。
【プロフィール】
映画監督・前田 哲さん
フリーの助監督を経て、オムニバス映画『ポッキー坂恋物語 かわいいひと』(1998)で劇場映画監督デビュー。主な監督作に『そして、バトンは渡された』(2021)、『大名倒産』(2023)など。昭和30~40年代の大阪の下町を舞台に、鈴木亮平と有村架純が兄妹役で初共演する最新作『花まんま』が、2025年春公開予定。
取材・文/あいらいふ編集部
撮影/近藤 豊
介護情報誌『あいらいふ』編集部
【誌名】『あいらいふ vol.173(2024年10-11月号)』
【概要】 初めて老人ホームを探すご家族さまの施設選びのポイントをさまざまな切り口でわかりやすく解説。著名人に人生観を語っていただくインタビュー記事のほか、人生やシニアライフを豊かにするためのさまざまな情報や話題を取り上げて掲載。
【発行部数】4万部
【配布場所】市区役所高齢者介護担当窓口・社会福祉協議会・地域包括支援センター・居宅介護支援事業所・訪問看護ステーション・病院・薬局など1万か所