対談・インタビュー

【特別対談・インタビュー】「KAIGO LEADERS」プロジェクト発起人に聞く 介護業界の若手リーダーが体験した10年間

介護業界で働く若手スタッフの集いから、すべての人に介護に関心を持ってもらうためのプロジェクトへ──。「KAIGO LEADERS」は、2013年に発足した、介護に志を持つ若者のための日本最大級のコミュニティです。

同プロジェクトの発起人であり、現在も運営に携わる介護業界の若手リーダーの一人、株式会社Blanket(ブランケット)代表取締役の秋本可愛(かあい)さん。秋本さんのこの10年間の活動について、弊社代表の藤田がお話をうかがいました。

若者の集いから自然発生した
「KAIGO LEADERS」

藤田 本日はお時間をいただきまして大変ありがとうございます。よろしくお願いします。

秋本 あいらいふ誌に掲載された「OPEN CARE PROJECT※」への賛同広告を拝見しました。このプロジェクトは、介護により広く関心を持ってもらうことを目的とした経済産業省さんの公募事業に、私たちが応募・提案を行って、採択していただいたという経緯があって。

こういった形で賛同を表明していただけるケースを想定していなかったので、こんな風に取り上げていただけるって、すごく嬉しいねとスタッフと話し合っていました。

藤田 我々もまさに「OPEN CARE PROJECT」をきっかけとして、「KAIGO LEADERS」の取り組みを知り、ぜひお話をうかがいたいと対談をお願いしました。

秋本さんは山口県のご出身で、東京の大学に進学。大学で介護のアルバイトを始め、2013年に介護業界の若手人材が集まるコミュニティ「KAIGO LEADERS」を立ち上げられました。まず、発足時のエピソードからお聞かせいただけますか。

秋本 最初は、介護や高齢化社会の問題に対して課題意識を持っている人たちが参加する、単なる飲み会のような集まりでした。「HEISEI KAIGO LEADERS」という名前でスタートして。平成生まれ限定のコミュニティだったんです。

私は平成2年生まれなんですけど、学生の頃は大人への反抗心があって。大人たちが作ってきた社会が問題だらけじゃないかと思っていた。大人から学ぶことは大事でも、単に同じことをするのではなく、私たちの世代が新しいものを生み出していかないといけないと。

初めのうちはこんな感じですね(写真を見せる)。SNSで情報を発信したことで参加が増えていって。

藤田 とても楽しそう(笑)。

秋本 当時の仲間の一人は現在、ベッドに敷くと匂いで排泄を検知できるシートを、介護施設向けに販売する会社を経営しているんですけど。最近「IVS」という大きなピッチコンテスト(起業家らが、自らの事業計画のプレゼンテーションを行う催し)にそのシートを出して優勝したんです。

ほかにもコミュニティカフェが併設されたデイサービスを立ち上げた子がいたり、10年前に集まっていたメンバーが、少しずつ活躍し始めているという印象です。

「KAIGO LEADERS」は、介護への志を持つ若者たちが集う、日本最大級のコミュニティに成長。

介護業界での起業を後押しする
「KAIGO MY PROJECT」

藤田 発足1年で始めた「KAIGO MY PROJECT(介護マイプロジェクト)」の取り組みが注目を集めました。

秋本 介護マイプロジェクトは、介護の分野で新たなチャレンジをしたい人たちにプレゼンテーションをしてもらい、皆で一緒に何ができるかを考えるワークショップです。

参加者同士で、自分が何をしたいのか、なぜしたいのか、何を目標とするのかということに、ひたすら向き合ってもらう。

もともと慶應義塾大学で始まった個人のプロジェクトづくりのための「マイプロジェクト」という教育手法があって、それを介護の分野に導入したんです。

介護マイプロジェクトからも、何人もの方が起業に至っています。病院に勤める皮膚科医の先生が、介護施設向けに24時間体制の医療相談を提供する会社を立ち上げたり。親御さんが視覚障害を患っていて、どうしても外出する機会が減ってしまうというところから、同行援護の事業を始めた方もいます。

本当に色々な思いを持った方々がいて、そこからアクションに至るまでのお手伝いというか、きっかけづくりをしている印象でした。介護マイプロジェクトは現在も継続していて、下は10代から上は60代まで、さまざまな方が参加されています。

「KAIGO MY PROJECT」。介護業界に多くの人材を輩出した。起業した仲間も多数。

取り組みは全国へ
オンライン活動への移行

藤田 当初は現場のスタッフが集まるところからスタートした「KAIGO LEADERS」ですが、近年は、アプローチの対象を広げるために、オンライン上に活動の軸足を移しているという印象ですね。

秋本 そうですね。偶然ですけれど、コロナ禍が始まる少し前あたりから、全国展開を視野にオンラインでの活動を拡げていく流れができていたんです。

東京だけのローカルな取り組みから、全国各地にチームを作ってコミュニティ活動を拡大する準備を始めていたのですが、コロナ禍で対面での活動が一気に難しくなって。現実的な判断として、活動のベースをリアルからオンラインに移行しました。昨年末からは、ハイブリッド形式でリアルでのイベントも再開しつつありますが、感染症については一番慎重な業界でもあるので、完全に再開するのはまだ難しいですね。

現在は、「SPACE(スペース)」というオンラインコミュニティを月額で展開しています。常時200人くらいの方がいて、思い思いに使ってもらっている感じですね。

その中で毎月12~13本くらい、小さなイベントが立ち上がっています。“ヤングケアラー”や“転倒予防”といったテーマで研究活動をするメンバーもいれば、皆で介護施設の見学会を実施したり、学生さんが介護に関する研究を行った卒論発表会を、介護職向けに開いてくれたり。

スペースからも2組が起業していて、一人は介護と仕事の両立を支援する社団、もう一人は定期巡回のサービス事業所を立ち上げています。

若手女性リーダーが経験した
介護業界の10年間の変化

藤田 国内人口における年齢層のボリュームゾーンが急速に変化して、日本が超高齢化社会に突入する、いわゆる“2025年問題”。

「KAIGO LEADERS」は2025年問題への危機感を出発点としてスタートされたそうですが、この10年間で、こういった問題意識を社会が共有するようになったと感じられますか?

秋本 だいぶ変わってきたという感覚はあります。

10年前、私が起業した時は、介護の領域で20代のプレイヤーはほとんどいませんでした。若い層の無関心も問題で、この分野に関心を持って取り組む人たちが少なかったと思います。

最近は、20代で起業する方たちも増えてきていますし、「OPEN CARE PROJECT」もまさにそうですけど、社会全体として介護に向き合うという機運が醸成されつつあるというか、向き合わざるを得なくなっている状況かもしれません。

私は、2025年に35歳になるんです。30代といえばさまざまな領域で大勢の方が活躍していて、業界を牽引しているケースも多い。ということは、私たちは大変な時期に頑張らなければいけない世代なんだ、と当時から感じていて。「KAIGO LEADERS」を始めたのも、私たちの世代って、結構重要だよね?という意識があったからだと思います。

藤田 2022年には、「KAIGO LEADERS」のアプローチの対象を、これまでの介護業界に携わる人材から、広く一般の方に広げるという一大方針転換を図りました。

秋本 活動10年の節目を迎えて、自分たちが何のために存在するのかという原点に立ち返る機会になったんです。

もともと「KAIGO LEADERS」のメンバーは介護従事者だけではなく、介護に対する課題意識を持ったさまざまな立場の人たちが、一緒に学んだり、プロジェクトを起こしたりといった形で取り組みを進めてきました。

この先の社会を見据えたときに、いよいよ誰にとっても介護というものが当たり前になってくる中で、介護従事者向けのアプローチにとどめるよりも、広く世の中へ呼びかけるスタンスに切り替えるべき時期だと考え、“すべての人にカイゴリーダーシップを”という新たなビジョンを掲げて再出発することにしました。

すべての人に介護リーダーシップを
新たなビジョンの目指す場所

藤田 “すべての人にカイゴリーダーシップを”。新たなビジョンは、何を目標としているのでしょうか。

秋本 私たちは、介護の現状をより良くするための行動のことを「カイゴリーダーシップ」と呼んでいます。

日本はこれだけ社会の高齢化が叫ばれているのに、国民一人ひとりの介護リテラシーが決して高くない。要介護認定を受けるための流れも知らないし、準備もしていない。ご本人が要介護状態に陥ってから右往左往し始めて、その間にご家族の負担がどんどん大きくなっていく。

皆が介護リテラシーを備えていて、心の準備ができている状態であれば、介護への向き合い方はもっと変わると思います。そのために必要な備えや知識を提供することを念頭に、さまざまな人たちが関わるコミュニティづくりをしていきたい。

プレイヤーによって、知識や熱量に濃淡はあってもかまわないと思います。ただ、介護が必要になったらここを頼ればいいという道筋が見えていること、選択肢を提示したり、早い段階で介入したりという関わりを持つことが大事だなと感じていて。当事者になる前に、いかに国や地域、社会との接点を作れるかが大切だと思っています。

藤田 介護はいずれ訪れる避けられない問題。でも、なぜ介護で苦しむ必要があるのか。要介護状態になってもそれを受け入れられる国、暮らしやすい社会であれば何も心配はない。

だからこそのコミュニティづくり、介護に関心を持つ人を増やす。ごく自然に「隣の家のおばあちゃん、大丈夫だろうか」と思える、それがカイゴリーダーシップの持ち主ということですね。

厳しさ増す介護業界の人材採用
定着のポイントはどこに

藤田 秋本さんは現在、介護業界の人材採用をサポートする会社の代表取締役を務めていらっしゃる。経営者としての顔もお持ちです。

秋本 「KAIGO HR」というサービス名で、主な事業は介護福祉事業の人材採用のコンサルタントですね。スタッフの育成や、定着に向けた支援もしています。

もともと「KAIGO LEADERS」の取り組みを進めるうちに、どうしたら若い人を集められるかという相談が来るようになったんです。いくら第三の場としてのコミュニティを提供していても、彼らが所属する職場の課題を解決できないと、若い人たちが業界を去ってしまうと感じたため、組織の支援をしたいという思いで始めました。

藤田 介護業界特有の採用難、若い人の成り手がいない問題をどうお考えでしょうか。

秋本 条件面の問題ももちろんですが、介護という仕事のイメージをまだまだ変えていく必要があります。そもそも介護という職業が、若い人たちの選択肢に入っていないことが問題です。

実は、現在の介護業界の定着率・離職率は、全産業の平均くらいまで頑張ってきている。飛びぬけて高いわけではないんです。ただ、やはりもう少し下げないといけない。課題は3年以内の離職ですね。

大切なことは、定着できる人材をきちんと見極めて採用することです。定着を図るための工夫もさまざまに行っていますが、採用の時点でどうしてもミスマッチが起きている。深刻な人手不足の中で、人数さえ揃えばとつい誰でも採用してしまいがちですが、その場合はやはりすぐ離職につながってしまいます。

私たちはブランティングの支援もしていますが、自分たちがどういった意義を感じてこの会社を経営しているのか。アイデンティティをきちんと作っていくことが、働く人たちの誇りにもつながり、結果として採用や定着に結びつくと思います。

企業経営者として見る
介護業界の将来

藤田 秋本さんも、介護の分野で会社を経営されていて。

財政上の問題から、国の介護保険給付の範囲がだんだん狭められていく中で、今後、民間企業が必要とされる場面も増えてくると思われますが、秋本さんが民間企業に期待する役割、また、ご自身がこれから担おうとする役割、そういったものの構想がありますか?

秋本 近年は、民間企業が介護現場に参入する機会が増えて、福祉や介護の産業化が叫ばれていますが、私はもっと大きな枠で、産業そのものが福祉化していく必要があると考えています。

これからの介護の問題は、社会全体が取り組むべきで、介護業界だけでは解決できません。

例えばコンビニに居宅介護支援事業所が併設されたり、地域全体に見守り機能を持たせたり、最近になってそういった動きが少しずつ出てきていますけど、あらゆる産業に、ほんの少し介護に関心を持ってもらう。

どれだけ既存の事業に寄り添ってもらえるかが非常に大切だと思っていて、そこにはすごく期待をしています。

介護業界は、最初に参入するところが一番の難関です。ルールも多いし、どこからから手をつければいいかわからない。コミュニティもサービスの形態も複雑かつ多様です。私たちがそういった志のある企業と、現場との接点になっていくような役割を担えたらいいなと思って。

藤田 民間企業をはじめ、社会全体が「カイゴリーダーシップ」を持つということでしょうか。産業の福祉化、非常に共感できるお話でした。

現在、あいらいふでは新しく「なんでも相談室」を作っているんです。高齢のご夫婦や娘さん、息子さんが、介護の問題はどこの窓口に行けばいいのかと困っている。あいらいふに相談すれば処方箋が全部出てくる、そういったご相談のコーディネートを仕事にできるのではないかと。

今日のお話をうかがって、我々がなぜその仕事をする必要があるのか、明確になった気がします。Blanketとあいらいふ、両社に共通しているのは、要介護状態になっても困らない世の中を作ることに貢献する、という目的意識ですね。本日はありがとうございました。

※経済産業省が主導し、“介護をみんなの話題に”をテーマに、介護のオープン化を目指す取り組み。6月1日付コラムを参照。

【プロフィール】

株式会社Blanket/代表取締役 秋本可愛さん

株式会社Blanket代表取締役 秋本可愛

 1990生まれ、山口県出身。大学生時代の介護現場でのアルバイトを通して「人生の終わりは必ずしも幸せではない」現状に問題意識を抱き、2013年、Blanketの前身となる株式会社Join for Kaigoを設立。「すべての人が希望を語れる社会」を目指し、介護・福祉事業者に特化した採用・育成支援事業「KAIGO HR」を運営する。日本最大級の介護に志を持つ若者コミュニティ「KAIGO LEADERS」発起人。

株式会社あいらいふ/代表取締役 藤田敦史

株式会社あいらいふ 代表取締役 藤田敦史

1973年生まれ、群馬県みどり市出身。大学卒業後、外資系金融機関で3年間、リテール営業を経験。その後、コンサルティング会社で中小企業の支援、大手営業会社の社長直轄部署でM&Aを担当する。45歳で株式会社ユカリアへ転職し、2020年6月に子会社化したあいらいふの代表取締役に就任。メイン事業の有料老人ホーム紹介業を中心に、近年は「シニアライフのトータルサポ―トカンパニー」として、ビジネスによる超高齢社会の課題解決を目指す。

取材・文/あいらいふ編集部 撮影/仙洞田 猛
資料画像提供/KAIGO LEADRS

介護情報誌『あいらいふ』編集部
【誌名】『あいらいふ 2023年10-11月号』
【概要】 初めて老人ホームを探すご家族さまの施設選びのポイントをさまざまな切り口でわかりやすく解説。著名人に介護経験を語っていただくインタビュー記事他、人生やシニアライフを豊かにするためのさまざまな情報や話題を取り上げて掲載。
【発行部数】4万部
【配布場所】市区役所高齢者介護担当窓口・社会福祉協議会・地域包括支援センター・居宅介護支援事業所・訪問看護ステーション・病院・薬局など1万か所

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