【対談・インタビュー】映画『花束』に込めた思い

俳優でタレントのサヘル・ローズさんの監督デビュー作『花束』。
本作は児童養護施設で育った8人の若者たちの多様な姿を描いています。
「この映画を通じて、多くの人に児童養護施設で育つ子どもたちの現実や可能性を知ってほしい」と言うサヘルさんの思いを語ってもらいました。
──完成まで非常に長い期間を費やされたとのことですが、あらためて観客としての視点で、この映画をご覧になる方々にどのような思いを伝えたいですか?
サヘル
『花束』は7年の歳月をかけて完成させた、私にとって特別な作品です。正直「我が子」のようで、完全に客観視するのは難しいほどです。目の前の一瞬に全力を注ぎ、すべてがあの時の私にしかできないやり方だったのかなとも思っています。
本作の大きな特徴として「お芝居」の要素を交えています。観ている人にとっては「これはドキュメンタリーなのか、それともフィクションなのか」と、違和感を覚える方がいるかもしれません。実は、その「違和感」は意図的に挿入したものです。
基本的に出演している彼らの人生は苦しいことがほとんどで、耳を塞ぎたくなるようなエピソードもあります。自分が同じ児童養護施設で育った身として絶対に気をつけたかったのは、重い現実を映しながらも、被写体である彼らが傷つかない表現を用いて、一方的な悲惨な描写に寄らないようにすることでした。
劇中で彼らが笑顔で語っているシーンがありますが、その中に並ぶ言葉の背景は、決して笑いごとではありません。私は自分の人生を話す時、毎回涙が出てしまいますが、彼らは若さの勢いで語っています。その無邪気さがあるからこそ、この“ギャップ”を通じて、社会にも、皆さんの周りにも、笑顔の裏側で傷ついている人がいることに気づいてもらえるのかもしれません。
うまく伝えきれず悔しい気持ちが残る部分も正直あります。でもその一方で、私にしかできない仕事もあります。出演者たちを守りながら、この映画が、彼らの人生の宝物となり、人々の生活の中でも愛される存在になればと願っています。




──つまり、この『花束』という作品が表現するものは、みんなにとっての「居場所」のような場所を目指して作られた、ということでしょうか?
サヘル
そうなんです。「家」のような、温かくて包容力のある大きな家をイメージしていました。それを形にできるというのは、本当に素晴らしいことだと感じます。キャストとイベントに登壇した際、こんな思いを素直に話してくれました。
「ここに来ると、エンドロールやその音を聞くたびに、“ああ、帰ってきたな”って感じるんです。“なんだかここはホームみたいだ”と思えます」って言ってくれたんです。
この言葉を聞いた時、撮影が終わっても『花束』がキャストにとって“帰る場所”になっている、また集まれる場所になっていることに気づきました。みんなが『元気にしてる?最近どう?』って声をかけ合えるような、まさにホームのような環境だと思ってもらえた、そのことにとても嬉しさを感じました。
さらに、あるキャストが「僕たちチームじゃないですか」「サヘルさん、もっと私たちを頼っていいんですよ」と声をかけてくれたことも心に響きました。それと同時に、ふと気づいたんです。この映画を作った一番の理由、それは“居場所”を作り出したかったからなのかもしれない、と思えたんです。

──タイトルの『花束』には、どのような思いが込められているのでしょうか?
サヘル
当初、この映画にタイトルを付けることには抵抗がありました。人それぞれの人生には、簡単に一言で表すようなタイトルを付けられるものではないと考えていたからです。観客それぞれも映画を通して受け取るものが異なるはずだと思っていました。
そんなとき、エグゼクティブプロデューサーの岩井俊二さんから 「『花束』というタイトルはどうだろう?」、「人間って、みんなそれぞれ自分の花を持っているし、それぞれ形も色も違う。人から見たらいびつと言われる人も色々いるじゃない。でも、一輪だったら寂しげな花も、ひとつのブーケになったらみんなそれぞれ形が違うのに、花束は美しいものになるんじゃない」と提案してくれました。
そういう思いで、最後のシーンをみていただけると・・・。
実は、出演者たちはそれぞれ異なる施設の出身で、撮影時のインタビューも個別に行われています。ほとんどの出演者同士、お互いの背景についてあまり詳しく知る機会がなかったようです。それが分かったのは、おそらく試写会が初めてだったと思います。
──『花束』は異なる生い立ちや背景の人たちがともに共感し合いながら出来上がった作品なんですね。とても素晴らしいお話です。さて、サヘルさんが、これから観る方に向けて、見逃してほしくないなという映画の中の「ハイライト」はどこでしょうか?
サヘル
ひとつ挙げるならば、劇中劇のシーンです。「姦淫」の処罰について描かれたもので、「罪の無いものはいるのか?」というセリフがあります。そのシーンに私自身、大切なテーマや訴えたい思いを込め、なんとしても盛り込みたかった部分でした。それは、罪とは誰しも何らかの形で持っているものだからです。
唯一エキストラが出ているシーンでもあります。設定上は施設の中の子どもたちなんですけど。あそこに込めた思いは、社会の傍観者の眼差しなんです。目の前で傷ついている人がいて、本当は救えた命も救えないという。そのときにみんな気づいているけれど、その一歩を踏み出す人がいなくて、目の前で人が死んでいくというストーリーです。

──『花束』という映画は、異なる生い立ちや背景を持つ多様な人々が、互いに共感しながら紡ぎ上げた作品で、サヘルさん自身の人生や探してきた居場所とも、どこか重なる部分が多いと言えます。
児童養護施設で育った8人の少年少女たちが、幼少期から思春期にかけて家庭で受けた筆舌に尽くしがたい体験の数々。彼らの記憶をたどりそれをベースにしたストーリーを彼ら自身が演じ、それぞれが抱える葛藤や希望を丁寧に描いています。本作は社会的に見過ごされがちな児童養護施設やその出身者に対する理解を深めるきっかけとなるでしょう。


【プロフィール】

1985年イラン生まれ。7歳までイランの孤児院で過ごし、8歳で養母フローラと来日。
主演映画「冷たい床』では、イタリア・ミラノ国際映画祭をはじめ多くの映画祭で最優秀主演女優賞を受賞。
国際人権NGO「すべての子どもに家庭を」活動や、個人での支援活動を国内外問わず続け、2020年にはアメリカで人権活動家賞を受賞。

取材・文:あいらいふ編集部
豊かなシニアライフのための情報誌『あいらいふ』編集部
【誌名】『あいらいふ』vol.175(2025年1月30日発行号)
【概要】初めて老人ホームを探すご家族さまの施設選びのポイントをさまざまな切り口でわかりやすく解説。著名人に介護経験を語っていただくインタビュー記事のほか、人生やシニアライフを豊かにするためのさまざまな情報や話題を取り上げて掲載。
【発行部数】4万部
【配布場所】市区役所の高齢者介護担当窓口・社会福祉協議会・地域包括支援センター・居宅介護支援事業所・訪問看護ステーション・病院・薬局など1万か所