【ソーシャルワークの現場から-支援連携の輪-】[埼玉県]武蔵野総合病院 / 医療ソーシャルワーカー・川原 亜衣 氏

医療ソーシャルワーカー・川原 亜衣 氏
medical social worker / Kawahara Ai
患者さんの思いを多職種で叶える
「支援が上手くいっても100点はない」と語り、患者さんとご家族の思いに添う支援を追求する医療ソーシャルワーカー(以下、MSW)の川原亜衣さん。川越市の武蔵野総合病院に勤務し、地域医療連携室の中心的存在である川原さんに、相談業務と向き合う姿勢や、より良い支援への思いをうかがった。
一人ひとりの思いを重視 “常識”にとらわれない支援を
■あいらいふ編集部(以下、あいらいふ):
川原さんは地域医療連携室に所属してどのくらい経ちますか?
■MSW・川原亜衣さん(以下、川原):
今年で6年目になります。その前は大阪の老人保健施設で7年ほど相談員として働いていました。夫の転勤で埼玉県に引越したことを機に、武蔵野総合病院に転職しました。
■あいらいふ:
相談業務一筋、13年のキャリアを積んだベテランですね。そもそも何をきっかけに医療福祉の仕事を志したのでしょうか?
■川原:
パーキンソン病を患った祖母を、10年以上も献身的に介護した祖父の影響が大きいです。当時、私は小学校低学年でしたが、子どもながらに祖父のことをすごいなと感じていましたね。
祖父母のもとを訪ねた際、訪問介護士さんに促されて入浴を手伝ったり、寝たきりで痛くなった腰をさすったりしたことも医療や介護に関心が芽生えるきっかけになりました。
■あいらいふ:
ご自身が医療に助けられた経験はありますか?
■川原:
高校時代にけがで長期入院したことがあります。医師、看護師、リハビリの先生など、こんなにたくさんの人が一人の患者のために動いてくれたことに驚きました。ちょうど進路を決める時期で、病院や介護現場で役立つ福祉について学ぼうと思い立ち、社会福祉系の大学に進学したんです。最初の勤務先は、縁が合って実習先だった老人保健施設に決めました。
■あいらいふ:
MSWになるべくしてなったという印象ですが、患者さんの支援において大切にされていることは?
■川原:
多職種の意見をまとめて、目の前の患者さんとご家族にとって最適なプランを立てるのが私の役割です。一つとして同じケースはないので、”常識”や”普通”という概念、あるいは自分の型に当てはめず、その方に合った提案をするように心がけています。
あとは、あまり一喜一憂しないこと。プライベートで落ち込むことがあっても、仕事中は目の前の患者さんに集中し、自分の感情に左右されず、常に同等の支援を提供しています。

■あいらいふ:
今までに印象的だったケースがあれば教えてください。
■川原:
余命数カ月と宣告されて、自宅での最期を望む患者さんを担当した際は、限られた時間の中で面談を重ね、患者さんとご家族の不安を丁寧に取り除き、思いをすり合わせていきました。
「帰りたいけど家族に排せつの世話をしてもらうのは気が引ける。自分のわがままで家に帰ると言っていいものか」と迷う患者さんには、「暮らしていた場所に戻るのはわがままではないですよ」と伝えて。不安を抱えるご家族には、在宅ケアを支える多くの手段があり、限界を感じた場合はほかの選択肢も提案できると説明して、気持ちが楽になったと言っていただけました。
希望通りご自宅で最期を迎えられた後、「身内以外に自分の思いや生活をこんなに素直に話せたのは初めて。悔いのない最期になった」という言葉をご家族からいただき、思いに沿った支援ができたのかなとうれしく思いました。
正解は毎回違う 心に刻むソーシャルワークの基本
■あいらいふ:
川原さんが相談業務を続けるなかで影響を受けた出来事はありますか?
■川原:
ある医師に言われた、「ソーシャルワークには100%決まった正解はない」という言葉が忘れられません。だからこそ患者さんやご家族の気持ちをよく聞いたうえで、柔軟に適切な支援を行えるように心がけています。
あとは「この先いろいろな壁に突きあたる瞬間があるけれど、少しずつ上がっていけばいい。苦しいときは振り返る余裕はなく、上り切った後に振り返ればいい」と言われ、一歩ずつ進んでいこうと思いました。
■あいらいふ:
これまでのキャリアは順風満帆という印象ですか?
■川原:
そうは思いませんが、苦労を苦労と感じていないのかもしれません。うまくいった、失敗したというジャッジはせず、もっとできることはなかったかと自問自答する毎日です。
病棟を巻き込み 多職種の「目線」で退院を支援

■あいらいふ:
地域医療連携室の現在の体制を教えてください。
■川原:
現在は6人体制で看護師2名、MSW4名が在籍しています。ちょうど20年以上務めた職員が退職し、新しい職員が加わったタイミングなんです。ケアマネジャーや訪問看護師の皆さんに信頼していただき、地域密着で歩んできた支援体制を引き継ぎながら、新しいことにも挑戦していきたいですね。
■あいらいふ:
具体的にどのようなことに取り組みたいですか?
■川原:
これまでは主にMSWが中心となり、患者さんやそのご家族との間で退院に向けた方向性を決めることが多かったのですが、これからは医師や病棟スタッフも巻き込んで、退院支援をさらに強化していきたいと思っています。病院全体で患者さん目線に立ち返り、在宅復帰に向けてそれぞれができることを考えていけたら。
私自身としても、以前にも増して多職種の意見に耳を傾ける姿勢を大切にし、医療に関する内容は積極的に医師に確認するようになりました。入院前の状態を知っておくのも大切なので、ケアマネジャーから患者さんの生活情報を事前に入手して退院支援に活かしています。
■あいらいふ:
病棟を巻き込みながら退院を支援するのは、やはり課題としても大きいのでしょうか。
■川原:
そうですね。例えば「排せつが一人でできないから家に帰れない」ではなく、帰るためには何が必要なのか。せっかく多職種が揃っているからこそ、ご自宅に帰るという目標に向けて、それぞれの視点を持ち寄って進んでいきたいです。
■あいらいふ:
多職種で意見が一致しないときは、どのように計画を進めていくのですか?
■川原:
その場合は、患者さんとご家族がどうしたいかを起点に考えると、自ずと必要なものが明らかになり、着地点が見えてきます。
MSWは人生を共有し幸せに貢献する魅力ある仕事
■あいらいふ:
さまざまな老人ホーム紹介会社がありますが、あいらいふにはどのような印象をお持ちですか?
■川原:
当院は地域密着が強みですが、逆にエリア外の情報量には限りがあります。あいらいふさんに相談することで、エリアを広げて退院後のより良い受け入れ先を提案でき、私自身の視野も広がっています。
■あいらいふ:
最後に、これからMSWを目指す方にメッセージをお願いします。
■川原:
患者さんとご家族のバックグラウンドを共有できるのがMSWの喜びであり、ケースごとに正解が異なるのがこの仕事の奥深さだと思います。
人と話すのがあまり得意でなくても問題ありません。なぜならMSWは自分が前に出て思いを発信するのではなく、一歩引いて患者さんの思いをくみ取る力が求められるからです。患者さんとご家族に幸せになってほしい、退院後により良い生活を送ってほしいという純粋な思いを忘れずに頑張ってください。
===取材協力===
医療法人ユーカリ 武蔵野総合病院
埼玉県川越市大袋新田977-9
取材・文:北林あい / 撮影:河野英喜
豊かなシニアライフのための情報誌『あいらいふ』編集部
【誌名】『あいらいふ vol.180(2025年11月27日発行号)
【概要】初めて老人ホームを探すご家族の、施設選びのポイントをさまざまな切り口でわかりやすく解説。著名人に介護経験を語っていただくインタビュー記事のほか、人生やシニアライフを豊かにするためのさまざまな情報や話題を取り上げて掲載。
【発行部数】4万部
【配布場所】市区役所の高齢者介護担当窓口・社会福祉協議会・地域包括支援センター・居宅介護支援事業所・訪問看護ステーション・病院・薬局など1万か所