【ソーシャルワークの現場から-支援連携の輪-】[東京]木村病院 / 医療ソーシャルワーカー・田中 いづみ 氏

医療ソーシャルワーカー・田中 いづみ 氏
medical social worker / Tanaka Izumi
お節介で、人が好き 頼れるMSWは“福祉オタク”
患者さんとご家族が安心して治療・療養に専念できるよう、また退院後にも安心して暮らせるよう、心理的・社会的問題を解決するための支援や調整を行う医療ソーシャルワーカー(以下、MSW)。東京都荒川区の木村病院に勤務する田中いづみさんに、福祉の道を歩み続ける原動力についてお話をうかがいました。(聞き手:あいらいふ編集部、あいらいふライフコーディネーター・西村三由紀)
福祉の世界に呼ばれて MSW黎明期の孤軍奮闘
■あいらいふ編集部(以下、あいらいふ):
本日はよろしくお願いいたします。まず、田中さんがMSWを志したきっかけと、これまでのご経歴を教えてください。
■医療ソーシャルワーカー・田中さん(以下、MSW田中):
福祉の道に進んだきっかけは、高校生のときに所属した青少年赤十字(JRC)同好会です。活動の一環で、療養型病院で行われる季節の行事のお手伝いをする機会がありました。
そこで、おじいちゃん・おばあちゃんの患者さんたちに囲まれて、周囲を笑顔にしていた男性のMSWを見かけたんです。
今から30年前の療養型病院でしたが、和やかな雰囲気が強く印象に残っていて。“病院の中の福祉”という仕事があることを知り、医療ソーシャルワークに興味を持ちました。
そこからはずっと福祉一筋。“福祉オタク”の人生が始まりました(笑)。
■あいらいふ:
高校卒業後は、どのような進路を選ばれたのでしょうか。
■MSW田中:
医療・福祉系の専門学校に入って、MSWを目指しました。でも、当時はMSWという職業自体ができてから間もなく、病院に一人いるかいないかという状況で、狭き門でしたね。
それでもまずは、病院という環境に身を置きたいと、ある病院の介護職として勤務する道を選びました。その後、病棟の事務員など病院内の仕事をいくつか経験しました。
そのときの経験は、医療用語や、医療の「考え方」を自然と学ぶ機会となり、MSWとして働く上で、今でも大きな財産になっています。
■あいらいふ:
木村病院には、いつご入職されたのでしょうか。
■MSW田中:
専門学校時代の友人が、私の前任者として当院に勤めていたんです。彼女が結婚を機に退職することになり、引き継ぐ形で入職しました。
当初、院内にMSWは私ひとり。翌年の2000年に介護保険法が施行され、MSWを取り巻く環境が大きく変わったこともあって、その年は怒涛の1年でしたね。
今でこそ、多くのMSWが社会福祉士の資格を保有していますが、その頃の私は資格を持っておらず、すべてが手探りの日々でした。その後、MSWとして勤務しながら資格を取得しましたが、当時を振り返って、採用していただいた木村病院には感謝しています。

多職種連携で 地域の医療を支える
■あいらいふ:
木村病院は、長年にわたって荒川区の医療を支えてきたとうかがっています。
■MSW田中:
当院は、戦中に開設した町の診療所からスタートし、80年以上にわたって地域とともに歩んできました。2022年に現在の場所に移転し、地域包括ケア病棟を新設。現在は一般病床47床、地域包括ケア病床52床の体制です。
当院の特徴のひとつが、荒川区内を広くカバーする訪問看護・訪問診療です。特に訪問看護事業では、およそ30年間にわたり、地域密着型の医療を実践してきました。
訪問看護ステーションには、居宅介護事業所も併設しており、退院後のケアマネジメントがスムーズに行えるのも強みです。
医療依存度の高い患者さんとご家族にも、在宅療養を安心して選んでいただく上で、訪問看護・訪問診療の存在は大きいですね。多職種間の連携がしやすく、MSWとしても恵まれた環境にあると思います。
新人のMSWには、研修として訪問看護への同行もお願いしています。お互いの人となりを理解するという意味でも、大切な機会です。
■あいらいふ:
職場の雰囲気や働きやすさはいかがでしょうか。
■MSW田中:
木村病院の理念は「みんなの元気のパートナー」。「みんな」には、患者さんや地域の方々はもちろん、職員やその家族も含まれています。院内には職員同士が自然にサポートし合う雰囲気がありますし、このフレーズに惹かれて応募される方もいらっしゃいますね。
私自身、独身の頃から産休・育休を経て長く勤めているので、病院の中にも外にも、顔なじみの患者さんやご家族が大勢います。
顔を合わせるたび、「お子さんはいくつになったの?」と声をかけてくださるんです。「何歳になりました」と答えると、「ついこの間まで妊婦さんだったのにねぇ」なんて。ついこの間ではないのですが(笑)、そんな会話が日々の活力になっていますね。
■あいらいふライフコーディネーター・西村三由紀(以下、ILC西村):
地域密着型の病院ならではの、素敵な関係性ですね。
■MSW田中:
そうですね。小規模な病院だからこそ、患者さんはもちろん、区役所の職員さんや地域の連携先の方々にも顔と名前を覚えてもらって、ようやく一人前という感じです。

「生きること」を支える支援
■あいらいふ:
MSWとして、支援の際に大切にされていることは何ですか?
■MSW田中:
私たちが患者さんを見ているように、患者さんも支援する私たちのことをよく見ています。「この人は本当に自分を支えてくれるのか」と。
制度に当てはめただけの表面的な支援では、いずれ見透かされてしまいます。うわべだけでなく心から向き合いながら、継続性を備えた支援のあり方を模索する姿勢が大切です。
目の前の患者さんにとって何が最善なのか、常に自問自答の繰り返しです。また、「自分がこの方の家族だったら」と、ご家族の視点にも立つことも大事にしています。
■ILC西村:
支援の熱量は、患者さんとご家族には必ず伝わりますね。
■MSW田中:
それから、病院の内外を問わず、多職種間のコミュニケーションも特に重視しています。
行政の担当者、地域の医療機関、包括支援センターなど、関係各所には何度も電話をかけて、患者さんとご家族をサポートするチームとして、情報を密に共有します。
そうした連携によって、患者さんが初対面の担当者から「MSWからお話はうかがっています」「初めて会った気がしませんね」と声をかけてもらえて、安心したというお声もいただきます。患者さんにとって、少しでも安心できる環境づくりにつなげていきたいですね。
■あいらいふ:
印象に残っている患者さんとのエピソードはありますか?
■MSW田中:
心に残っているのは、がん末期でひとり暮らしの患者さんを、ご自宅にお帰ししたときのことです。
最期をご自宅で過ごすことを強く望まれていた方だったのですが、看取るご家族のいない中での退院は、医療の視点からはとても難しい判断でした。
それでも、「何とかしてご本人の希望をかなえたい」と思い、訪問看護・訪問診療と連携して、亡くなられた際に誰に連絡するか、どのような手順で対応するかなど、事前に綿密に話し合い、情報を共有した上で、退院の日を迎えました。
実際に、ご自宅で息を引き取られていたのを発見したのは訪問介護員の方だったのですが、落ち着いてその後の対応をしてくださいました。
病気の「治療」だけでなく、その方の生活や生き方、「生きること」を支える。病院全体で連携し、チームワークによって在宅療養につなげられたことは、私にとっても大きな経験でした。
お節介を積み重ねて 理想のMSW像とは
■あいらいふ:
あいらいふをはじめとする老人ホーム紹介業には、どのような印象をお持ちですか?
■MSW田中:
地域包括ケア病棟の病床数が多い当院では、患者さんに高齢者施設をご紹介する機会も多いのですが、MSWだけでは情報収集に限界があります。特に、近隣エリア以外の施設は把握しきれないので、そこをカバーしていただけるのは、ありがたいですね。
■ILC西村:
私は木村病院さんにおうかがいして1年ほどですが、以前からお付き合いのあったMSWの方が「ほかの病院から転職してくるときには不安もあったけど、課長(※田中さん)が本当に素晴らしい人」と、ベタ褒めで…。私もすぐにファンになってしまいました!
■MSW田中:
ありがとうございます(笑)。私も自分の仕事が大好きなので、同じように熱量を持って支援に取り組む方とは、自然と波長が合うんですね。
西村さんからも、患者さんに合った施設を探すためにどうすればよいか、常に研究を欠かさないお仕事への情熱が伝わってきて、こちらも刺激を受けています。
■ILC西村:
「私が提案する施設で、その方の人生が左右されることもある」と自分をいましめながら、日々取り組んでいます。
■MSW田中:
本当にそうですね。MSWの支援も同じで、関わり方次第で患者さんの選択肢や生活が大きく変わってしまいます。だからこそ、責任もやりがいも感じられる仕事です。
■あいらいふ:
最後に、田中さんが考える、MSWに求められる素養とは、どのようなものでしょうか?
■MSW田中:
もちろん、職業としては必要な知識の豊富さや、関係者の間で常に中立の立場を保てるような訓練も大切です。
でも、やっぱり福祉を志す人たちはみんな、人との関わりが好きなんですね。ある意味ではお節介かもしれませんが、ちょっとしたお節介を積み重ねられる人こそ、きっと良いMSWになると思います。
私自身も、やっぱりソーシャルワークの仕事が好きなんです。後進の育成という使命もあって、いまは管理職兼プレイヤーの立場ですが、いつか一介のMSWに戻って、ご相談者に寄り添う本来の業務に専念したいという気持ちがありますね。

===取材協力===
社会医療法人一成会 木村病院
東京都荒川区南千住1-1-1
取材:あいらいふ編集部/文:遠藤るりこ/撮影:近藤 豊
豊かなシニアライフのための情報誌『あいらいふ』編集部
【誌名】『あいらいふ vol.180(2025年11月27日発行号)
【概要】初めて老人ホームを探すご家族の、施設選びのポイントをさまざまな切り口でわかりやすく解説。著名人に介護経験を語っていただくインタビュー記事のほか、人生やシニアライフを豊かにするためのさまざまな情報や話題を取り上げて掲載。
【発行部数】4万部
【配布場所】市区役所の高齢者介護担当窓口・社会福祉協議会・地域包括支援センター・居宅介護支援事業所・訪問看護ステーション・病院・薬局など1万か所