支援連携の輪

【ソーシャルワークの現場から-支援連携の輪-】[岡山]平病院 / 医療ソーシャルワーカー・氏家 美帆 氏

医療ソーシャルワーカー・氏家 美帆氏
medical social worker / Miho Ujike

ずっとこの町で この病院で

岡山県和気町にある平病院で、医療ソーシャルワーカーとして10年以上にわたり地域の医療と生活を支えてきた氏家美帆さん。病棟・外来のすべての患者さんに関わりながら、制度と制度のはざまで揺れる声なき声をすくい上げ、日常生活を取り戻すための支援に奔走しています。支援の原点、仕事にかける思い、そして今後の展望についてお話をうかがいました。

地元愛が原動力

■あいらいふ編集部(以下、あいらいふ):
本日はよろしくお願いいたします。まずは、氏家さんが医療ソーシャルワーカー(以下MSW)を目指されたきっかけについて教えていただけますか?

■MSW・氏家さん(以下、氏家):
私がこの仕事を志すようになったのは、家庭の事情が大きかったと思います。
母が病気で働けない状態になり、私自身も習い事などが一切できないような厳しい経済状況の中で育ちました。その中で「生活保護」という制度の存在を知り、制度の力で人を救えるのだということに強く惹かれました。

そんなある日、テレビで生活困窮者を支援する番組を見て、「社会福祉士」という資格があることを知ったのです。

その瞬間に「これしかない」と感じました。それまでの人生で、努力によってしか道を切り開けない環境に育った私にとって迷いはありませんでした。

その後、岡山県立大学の保健福祉学科への進学を決め、社会福祉士の資格取得を目指して勉強を始めました。

最初は医療分野にはそれほど関心がなかったのですが、勉強を進めるうちに、病気によって生活が不安定になったり、社会的な孤立に直面するケースが非常に多いことを知りました。
MSWという職業があることも、大学で初めて知りました。

■あいらいふ:
MSWのどのような点に惹かれたのでしょうか?

■氏家:
病気そのものの治療ではなく、「病気によって生活にお困りごとを抱える方」を支援できることに、大きな意義を感じました。

そしてもう一つ、私は地元である和気町が大好きで、地域の皆さんと関わる仕事がしたいという希望があったため、地元の先生に平病院を紹介していただき、就職を決めました。

■あいらいふ:
現在の業務内容について教えてください。

■氏家:
平病院には、病床が89床あり、MSWは私一人です。入退院支援を中心に、患者さんとご家族のサポートをすべて担当しています。

外来も病棟も含めて、全方位的に関わっているため、業務量は決して少なくありません。それでも私は、この環境がとても気に入っています。

看護師や医師、リハビリスタッフ、薬剤師、検査技師など、多くの職種の方々と関わりながら、患者さんにとって最善の支援を考えていくやりとり自体が、私にとっては「社会資源」であり、学びの機会として捉えています。

■あいらいふ:
ご相談に乗る中で、印象に残った患者さんのエピソードはありますか?

■氏家:
重度のパーキンソン病を患った方のケースです。医師からも「在宅は難しい」と言われていたのですが、ご本人の強い希望もあって、さまざまな制度やサービスを最大限に活用し、退院を実現することができました。

ところが、間を置かず骨折されてしまい、再入院することになったのです。

本当に申し訳ないと言う気持ちでお会いしたのですが、その方は一度でも家に帰れることができて、「よかった」と泣きながら私にお礼を言ってくださったんです。そのときは、本当に胸がいっぱいになりました。

■あいらいふ:
素晴らしいご経験をされましたね。そのほか、支援の中で、特に大切にされていることは何ですか?

■氏家:
私は、仕事の中で「聞くこと」をとても大切にしています。患者さんの状態は日々変化していきます。その変化をキャッチするためには、普段から看護師さんやリハビリスタッフの方々に積極的に声をかけ、丁寧に情報を集めることが欠かせません。

もしその一言を聞き逃していたら、患者さんがご自宅に帰れるチャンスを失ってしまっていたかも。そう思うと、日々の何気ない会話ややりとりが、どれだけ重要かを実感します。

■あいらいふ:
コミュニケーションがお仕事で大きな比重を占めているのですね。普段から対話をすることは得意なのでしょうか?

■氏家:
子どもの頃から、とにかく外で遊ぶのが大好きな子でした。友達とドッジボールや缶けりをしたり、学年の違う子たちとも分け隔てなく遊んだりするのが当たり前。絵本を読むよりも、外に出て誰かと関わることに心が躍るタイプでした。

兄が二人いて、祖父母とも一緒に暮らしていたので、高齢の方とも自然と接する機会が多く、地域の人たちとのつながりを肌で感じながら育ちました。

きっと、あの頃に培われた「人と関わることが好き」という感覚が、今の仕事に通じているんだと思います。

■あいらいふ:
平病院でただ一人のMSWであるだけに、ストレスを受けることも少なくないと思います。そんなとき、どのように対処されていますか?

■氏家:
私は感情をため込まないタイプですから、つらいことがあったときは、すぐに同僚や上司、時には家族にも話を聞いてもらいます。

現場では予測できない事態も多いため、気持ちの切り替えも大切ですね。スタッフにもストレスを溜め込ませず、日々、感情を共有します。支援も人間関係も、第一歩は“聴くこと”だと思っています。

■あいらいふ:
これからのキャリアで、後進の育成にあたる際には、どのようなことを伝えたいですか?

■氏家:
やはり、「一人で抱え込まないで」と伝えたいですね。さまざまな部署からいろいろな意見が飛んできますが、それを全部自分で背負う必要はありません。

私もいるし、相談できる人もたくさんいます。悩みを共有して、チームで支え合っていくことが大切です。

築いたMSWのネットワーク

■あいらいふ:
岡山市のMSWの方々とも、日常的に連絡を取り合っていらっしゃるそうですね。

■氏家:
学生時代からの、同期や先輩たちとのつながりを大切にしてきました。現在も岡山市内の病院にいるMSWたちとは、LINEや電話などでも頻繁に連絡を取り合い情報交換をしています。

■あいらいふ:
築いたネットワークを、お仕事に役立てているのですね。

■氏家:
最近あった事例ですが、患者さんが急な退院を求められた際に、和気町周辺では受け入れ先が見つからずに困っていたことがありました。その際に岡山市内のMSW仲間に連絡をとって、「条件に合いそうな施設をいくつか挙げてもらえないか」とお願いしたんです。

仲間の一人がすぐに「ここが空いているみたい」と一覧を送ってくれて、施設名や連絡先に加えて、当時の空床情報まで含まれていました。

その後、ご家族と一緒に候補を選び、見学の手配をして、スムーズに退院につなげることができました。あとでご家族から「こんなに早く決まると思っていませんでした」と驚かれたのですが、それはもう、協力してくれた仲間たちのおかげです。

■あいらいふ:
人と人との、つながりの大切さを実感しますね。

■氏家:
こういうときに「一人では限界がある」と痛感します。大都市と違い、患者さんの転院先や受け入れていただける施設の選択肢が豊富でない地域では、こうしたネットワークの活用は欠かせません。

自分の病院だけでは情報が追いきれないことも多いので、日頃の信頼関係が非常に重要になります。だからこそ、私も「持っている情報は惜しまず提供する」という姿勢を心がけています。

■あいらいふ:
お忙しい中で、心身のケアも大切だと思いますが、どのようにバランスを取っていらっしゃいますか?

■氏家:
夫も医療関係の仕事をしていて、私の状況をよく理解してくれますし、娘たちも「お母さん、がんばっているね」と声をかけてくれます。そうした家族の存在が、私の支えになっています。

■あいらいふ:
和気町への“地元愛”も人一倍だとうかがいました。

■氏家:
そうですね。私はおばあちゃんになっても和気町を離れるつもりはありませんし、この病院でずっと働き続けたいと思っています。

ここは、地域の人との距離がとても近いんです。朝は誰にでも「おはよう」と声をかけますし、誰かが入院したら「大丈夫かな?」と自然と心配する。

都会では“おせっかい”と言われるようなことかも知れませんが、私はこれを“助け合いの文化”だと感じています。いつかは“平病院がある場所が、和気町”と言われるようになればと願っています。

■あいらいふ:
地域の魅力は、どのような点ですか?

■氏家:
困っているときに誰かが必ず手を貸してくれる点でしょうか。私も、誰かが困っていたら自然と手を差し伸べたくなります。そんな地域で働けることに、誇りを感じています。これからも地域に根ざした医療を提供していきたいと思っています。

■あいらいふ:
最後に、今後の目標をお聞かせください。

■氏家:
私は、MSWという仕事を「人と人をつなぐ架け橋」だと考えています。病院と地域、患者さんとご家族、専門職と専門職。その間に立って、思いや意見をつなぎ、生活を支えるのが私たちの役割です。退院がゴールではなく、安心してその後の暮らしを送れるように、制度やサービスを組み合わせて支援していく。

これからも、地元の「かかりつけ病院」としての平病院を支え、和気町の医療に貢献していけるように、努力を惜しまず歩んでいきたいと思います。

【プロフィール】
医療法人 平病院
地域連携室 MSW/氏家 美帆

岡山県出身。岡山県立大学保健福祉学科に入学。卒業後、出身地の岡山県和気郡にある平病院に就職。大学入学当初は福祉分野に関心を持っていたが、医療ソーシャルワーカーが疾病を抱える人々の生活問題を支援できることを知り、地域の医療に携わる道を志すようになる。一時的に結婚と育児により職を離れるも復帰。育児休暇2年間を含む計12年間にわたり平病院に勤めながら、和気町の地域医療の発展に尽力している。

===取材協力===
医療法人 平病院
岡山県和気郡和気町尺所438

取材・文:青北アンナ / 撮影:岡本圭司

豊かなシニアライフのための情報誌『あいらいふ』編集部
【誌名】『あいらいふ vol.179(2025年9月25日発行号)
【概要】初めて老人ホームを探すご家族さまの施設選びのポイントをさまざまな切り口でわかりやすく解説。著名人に介護経験を語っていただくインタビュー記事のほか、人生やシニアライフを豊かにするためのさまざまな情報や話題を取り上げて掲載。
【発行部数】4万部
【配布場所】市区役所の高齢者介護担当窓口・社会福祉協議会・地域包括支援センター・居宅介護支援事業所・訪問看護ステーション・病院・薬局など1万か所

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