【ソーシャルワークの現場から】[埼玉]新しらおか病院 / 医療ソーシャルワーカー・ 岩田 圭子 氏

精神保健福祉士・岩田 圭子 氏
mental health social worker / Iwata Keiko
認知症治療の希望の光は 家族が紡ぐ“新しい関係”
超高齢社会を迎え、認知症の問題が多様化する現代。埼玉県白岡市の新しらおか病院は、2005年の開設以来、認知症の治療に特化した医療機関として、地域に根差した活動を続けている。同病院で精神保健福祉士(以下、MHSW)を務める岩田さんに、お話をうかがった。
社会の中で自分ができること
■あいらいふ編集部(以下、あいらいふ):
患者さんが治療に専念するため、心理的・社会的な支援を行う医療ソーシャルワーカー(以下、MSW)の中でも、特に心の病やお悩みを抱えた方のサポートに特化しているのがMHSW。精神科医療の専門的な知識に加えて、きめ細やかな心配りが求められるお仕事です。
岩田さんは、どのようなきっかけでMHSWを志されたのでしょうか?
■医療ソーシャルワーカー・岩田さん(以下、MHSW岩田):
初めて精神の障がいやそのケアに興味を持ったのは、子どもの頃ですね。親戚に精神疾患を患っていた女の子がいたことがきっかけです。私とは歳も近く、その子とはずっと親しくしていました。
ただ、福祉の仕事に携わるようになったのは40歳を過ぎてからなんです。
私自身は大学を卒業後、商社に入り、そこからITベンダーに転職しました。20代の頃は、とにかくバリバリ働いて稼ぐとか、自立した女性を目指すとか、自分のことばかり考えていましたね。
ところが30歳を前にしたある日、支援施設で暮らしていたその親戚が、不慮の事故で亡くなってしまったんです。手を伸ばせば届く距離にいながら、自分が何もしてあげられなかったことを悔やみました。
その体験をきっかけとして、社会の中で自分ができることや、社会のどこに、どのように困っている人たちがいるのだろうかといった疑問に思いを馳せるようになりました。残りの人生を、福祉や介護のための取り組みに費やそうと思うようになったんです。
■あいらいふ:
岩田さんの人生観に、大きな影響を及ぼす出来事となったのですね。
■MHSW岩田:
子育てのこともあって、40歳前後で会社勤めをやめ、自身の美容院を開設したのですが、同時期に精神障がいを抱えた方への支援施設でアルバイトを始めました。その施設での勤務は、病院に勤務するようになった現在まで、ずっと続けています。
その時点で、福祉関係の仕事の経験はゼロでした。勤めてみてわかったのですが、こういった施設は治療のためにさまざまな向精神薬を使っているので、一瞬でも気を抜くと、あっというまに事故につながる可能性があります。
難しい病気を抱えている方ばかりが入所している施設ということもあって、生半可な知識や、センチメンタルな気持ちだけで務まるような状況ではないと思い知りました。
私自身がもっと深い知識を身に着け、いろいろな経験を積んでからでないと、ご利用者と一緒に考え、併走しながら支援を続けていけるレベルには届かないと考え、夜間の専門学校に通ってMHSWの資格を取得しました。
ご相談者の社会復帰に向けて MHSWの果たす役割
■あいらいふ:
MHSWの資格は、精神障がいを抱えた方への支援において、どのような点で特に役立ちましたか?
■MHSW岩田:
精神疾患を患っている方にとっては、治療はもちろんですが、治療を終えた後の社会復帰のために、どのような社会資源を利用できるのかということが非常に重要です。そういった知識を体系的に学ぶ機会が少なかったことも、MHSWの資格を目指した理由です。
一時期、地域の民生委員をしていたこともあって、世間の目の届かないところで困窮されている方、孤立無援で、経済的にも精神的にも追い詰められている方に出会う機会も多くありました。
その方たちが最終的に社会資源につながるための中継地点が、病院でした。病院に行かなければ、この方たちは救えないと思ったことが、病院への就職につながりました。
■あいらいふ:
資格を取得後、埼玉県内の精神科の病院に就職されたとうかがっています。
■MHSW岩田:
最初の病院と次の病院には、それぞれ約2年間勤めましたが、精神科の病院には、非常に長期にわたって入院されている方が多いんです。入院中に本来の疾患に加えて、認知症を発症される患者さんもいらっしゃいました。
仕事をしていく中で、次第に自分の母親の年齢に近い、認知症の方の治療と社会復帰に興味を持つようになり、1年半ほど前に、新しらおか病院に転職しました。
認知症専門病院で併走型支援
■あいらいふ:
岩田さんから見た、新しらおか病院の特徴を教えていただけますか?
■MHSW岩田:
当院は2005年に、精神科と内科を併設した認知症治療の専門病院として設立されました。病床数は120床あり、医師、看護師をはじめとする多職種の連携によって、安心して療養いただける環境を整えています。勤めてみて感じたことは、地域とのつながりを非常に大切にしていることですね。
■あいらいふ:
入院されている患者さんは、地元の方が多いのでしょうか?
■MHSW岩田:
遠方からお越しになる方もいらっしゃいますが、やはり白岡市と周辺の市からのご利用が多いですね。「こういった病院が地域にあって本当によかった」と、ご家族からはもちろん、自治体の高齢介護課や、地域包括支援センターからお言葉をいただくこともあります。
当院は、初診でも紹介状や外来予約がいりません。当日、いらっしゃった患者さんのご事情をその場でうかがって、治療を進めていくわけですから、先生方は本当に大変だと思います。いま、目の前で困っている方を支えたいという、先生方とスタッフの思いがあってこそだと思います。
■あいらいふ:
岩田さんはMHSWとして、どのような役割を担っていらっしゃいますか?
■MHSW岩田:
現在は医療相談室に所属しており、患者さんやご家族からのご相談に乗る業務を担当しています。私を含めたMHSW5名と事務職1名が、主治医やプライマリーナースと連携しながら、患者さんの療養生活をサポートします。
カンファレンスの時は、当日の担当の看護師とも連携して、ご病状の報告を受けながら、患者さんのご希望や、ご家族のご状況を一つのテーブルに上に置いて、検討を進めていきますね。
■あいらいふ:
患者さんやご家族への支援に際して、どのような点に配慮されていますか?
■MHSW岩田:
当院は、認知症の周辺症状について緩和・改善された〝寛解”の状態を目指し、社会復帰のお手伝いをする病院ですので、まずは患者さんのお気持ちを受け入れることを重視し、治療と併走しながらの支援を大切にしています。
また、認知症はご家族のご負担も大変な病気です。さまざまに異なるご事情やお困りごとに耳を傾け、どのような将来像を目指すのか、価値観を十分に共有するよう心がけています。
地域とのつながりを保つ訪問看護
■あいらいふ:
認知症の治療に特化した専門病院でありながら、新しらおか病院では、地域密着型の訪問看護も行っていらっしゃいます。これは、どのようなお考えからでしょうか。
■MHSW岩田:
訪問看護は、白岡市周辺にお住まいの方が対象です。内科の疾患から認知症まで対応しています。
認知症を患っているご高齢の方の中には、身体的な慢性疾患をお持ちの方も大変多くいらっしゃいます。ところが、身体の疾患については地域の急性期病院や施設で対応できても、認知症を伴っていることで、受け入れが難しくなってしまうケースも見られるのです。
そのようなお困りごとを抱えた方に「必要なケアを」という当院の院長の思いから、訪問看護は始まりました。
内科のご病気で訪問看護を利用されていたところ、認知症が見つかったケースもあって、早期発見・予防の面でも効果を上げています。訪問看護を通じて、認知症の問題にご不安を抱える患者さんやご家族とつながりを持つことは、地域にとって重要な意味を持つと考えています。
■あいらいふ:
認知症は受診するタイミングも大切かと思われますが、例えば、家族のようすが何かおかしいと感じていても、すぐに認知症と結びつけられず、ある程度症状が進んでから受診されるといった傾向はないでしょうか?
■MHSW岩田:
特に実の親御さんの場合ですと、初めは自分たちだけで何とか解決しようとなさる娘さん、息子さんが多いですね。それだけご家族は愛情も深いですし……。認知症という言葉はみんなが知っているけれど、一方で認知症は怖いという思いがあって、受診の遅れにつながることもあると思います。
認知症も心の病も、誰にでも、いつでも起こり得ることですから、病気に対する正しい知識を持ち、誤解や偏見を解く取り組みは大事ですね。当院では、自治体や地域包括支援センターとも提携して、認知症に関する相談会や講習といった啓蒙活動も展開しています。
家族が紡ぐ“新しい関係”
■あいらいふ:
認知症という病気は、ご本人の辛さに加えて、ご家族の負担も大きいものがあると思われます。印象に残った、ご本人とご家族のエピソードはありますか?
■MHSW岩田:
まれなケースではありますが、認知症の進行によって別人のように変わってしまわれる方もいらっしゃいます。
あの優しかったお父さん、お母さんとはとても思えない、とか。患者さんの方でも、ご家族を忘れてしまって「この人はうちの妻じゃない。妻を呼んできてください」などとおっしゃることもあります。ご家族のショックは計り知れないものがあると思います。
ただ、MHSWは、そういった地点から、どのように希望の光を見出していくのかというところに寄り添わせていただかなければいけません。
認知症は原因や症状、治療法も人それぞれで、同じアルツハイマー型であっても、同様の経過をたどるとは限りません。ですから、私たちは、患者さんお一人おひとりのお気持ちを受け入れて、安心して生活していただくための「環境調整」を大切にしています。
長い文章や複雑な内容は覚えていられなくても、「おはよう」「今日も元気?」といった、肯定的な短いやり取りの積み重ねが、ご本人の安心につながっていきますね。
入院当初、不穏(行動が落ち着かないようす)だった患者さんも、薬やリハビリの力をうまく借りながら、ご自身を受け入れてもらえる環境下での療養を通じて、少しずつ穏やかになられていきます。
治療の経過は大変でも、 最終的に面会ができるようになったり、以前の家族の絆を少しでも思い出してもらえたり。
以前とは違って見えても、昔のままでなくてもいい、〝新しい関係〟をご本人とご家族が紡げるようになったときに、MHSWとして社会復帰に向けた、希望の光が見えたと感じます。
このご家族は大丈夫だ、という風に思える瞬間がありますね。
チームワークで描く 将来のビジョン
■あいらいふ:
最後に、岩田さんが新しらおか病院で目指す将来のビジョン、今後の目標をお聞かせください。
■MHSW岩田:
チームワークを通じて、当院におけるソーシャルワークのレベルをさらに引き上げたいと思います。
ソーシャルワークは、患者さんとご家族にご納得をいただくことが何より重要です。ご相談を通じて示されるさまざまな価値観に対応するためには、さまざまな価値観の人間が揃い、互いの議論の中で、それぞれが自分の引き出しを増やしていく必要があります。
質の高いサポートを継続して提供するために、個人としてスキルを磨くことはもちろん、例えメンバーが入れ替わることがあっても、これまでの蓄積がリセットされることのないよう、チームとしての総合力を上げていきたい。
患者さんとご家族のために、そして先生方、看護師さん、介護士さん、管理栄養士さん、作業療法士さん、当院のスタッフ全員が日々続けている努力に応えるために、私たちMSWがチームとして貢献できることは何か、ということを常に考えていきたいですね。
【プロフィール】
医療法人社団白桜会 新しらおか病院
医療相談室
精神保健福祉士 岩田 圭子
40代で始めた障がい者施設でのアルバイトを皮切りに、働きながら夜間の専門学校に通い、MHSWの資格を取得。子どもの頃から親しかった歳の近い親戚を、精神疾患による不慮の事故で亡くしたことが、同分野に関心を持つきっかけとなった。「心の病は、誰にでも起こり得ること」の思いを胸に、認知症を患う患者さんの社会復帰と、ご家族への支援に力を注ぐ。
===取材協力===
医療法人社団白桜会 新しらおか病院
埼玉県白岡市上野田1267-1
https://www.kogyohsp.gr.jp/
取材・文/飯島順子
撮影/あいらいふ編集部
豊かなシニアライフのための情報誌『あいらいふ』編集部
【誌名】『あいらいふ』vol.175(2025年1月30日発行号)
【概要】初めて老人ホームを探すご家族さまの施設選びのポイントをさまざまな切り口でわかりやすく解説。著名人に介護経験を語っていただくインタビュー記事のほか、人生やシニアライフを豊かにするためのさまざまな情報や話題を取り上げて掲載。
【発行部数】4万部
【配布場所】市区役所の高齢者介護担当窓口・社会福祉協議会・地域包括支援センター・居宅介護支援事業所・訪問看護ステーション・病院・薬局など1万か所