【ソーシャルワークの現場から】[東京]おうちにかえろう。病院 / 医療ソーシャルワーカー・ 仲内 美咲 氏

医療ソーシャルワーカー・仲内 美咲 氏
medical social worker / Nakauchi Misaki
「家に帰る選択肢」を
あきらめない社会を目指して
患者さんとご家族が安心して治療・療養に専念できるよう、また退院後にも安心して暮らせるよう、心理的・社会的問題を解決するための支援や調整を行う医療ソーシャルワーカー(以下、MSW)。今回は、東京・板橋区の「おうちにかえろう。病院」で、“自分らしく”生きるための在宅復帰支援に力を注ぐ仲内さんに、お話をうかがった。
MSWを志した原体験
胸に刻まれた祖父の言葉
■あいらいふ編集部(以下、あいらいふ):
本日はよろしくお願いいたします。まず、仲内さんがMSWというご職業に興味を持たれたきっかけから教えてください。
■医療ソーシャルワーカー・仲内さん(以下、MSW仲内):
MSWという職業を知ったのは中学2年生のときでした。一緒に住んでいた祖父が、難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)を発症したんです。身体が少しずつ動かなくなっていき、仕事も早期退職を余儀なくされました。
当初は祖母が中心となって、自宅で介護をしていたのですが、あるとき急に倒れて大学病院に搬送されたんです。その後は在宅復帰が難しく、療養型病院に移ることになりました。その際、さまざまな調整をしてくれたのがMSWでした。
後々になっても、「あのときは、MSWさんにすごく助けられた」と祖母から感謝の言葉を聞く機会があって。MSWという仕事は、少しの間の関わりでも、ずっと人の印象に残る仕事だと思ったんです。高校で進路を決めるときには、すでに福祉系の大学に進み、将来はMSWとして働きたいと考えていました。
■あいらいふ:
福祉にはさまざまな職種がありますが、その中でも特にMSWに惹かれたのですね。
■MSW仲内:
それは、自宅に帰れなかった祖父を見た経験からだと思います。入院中は、週末になると家族みんなで病院に面会に行くのですが、自宅でじいちゃんを囲んで、楽しく話していたときとは、雰囲気がまったく違うんです。
大部屋だったので、周りに気を遣いながら、カーテンを閉めて小声で話しかける感じというか。幼かった弟は、そんな病院の雰囲気が怖いと言って、面会に来ても病室の外で待っていたのを覚えています。
祖父は気管切開をして声がほとんど出ない状態でしたが、あるとき「弟はどうした」と聞かれたんです。「外にいるよ、あの子は病院が苦手だから」と答えたら、祖父がかすれ声で「俺もだ」と言ったんです。
私はそこでハッとしました。病気だから病院にいるのが当たり前と思ってしまうけど、確かに本人は、病院は嫌だよな。やっぱり自宅に帰りたいよな、という思いだけが、その後もずっと自分の中に残っていました。
もしかしたら、入院している方の多く、いや、ほとんどの人が「家に帰りたい」という思いを抱えているのではないか。転院や介護施設への移住という選択を迫られる前に、病院で医療ケアを受けている方がご自宅に帰るための支援をしたい。そんな思いから、病院で働くMSWを目指しました。
“受け入れる側”を知るため
訪問診療の世界へ
■あいらいふ:
大学を卒業後、すぐに病院に就職されたのですか?
■MSW仲内:
新卒で、地元の茨城県にある総合病院に就職しました。急性期病棟・療養型病棟・障がい者病棟があるケアミックス型の病院です。
訪問診療に従事することで、患者さんがご自宅に帰るお手伝いをしたいという思いもありましたが、新卒で経験がなく、採用が難しかった。急性期の病院で勉強してから次の道を考えようと思い、最初の病院には6年ほど勤めました。
■あいらいふ:
総合病院にお勤めになられて、患者さんの在宅復帰を支援したいという、当初の思いはより強まりましたか?
■MSW仲内:
最初の病院で働いて見えてきたのは、「家に帰りたいけど、帰れない」現状でした。
医療従事者の側に、どうしても病院で過ごすのが当たり前という考え方があって。一旦「この患者さんは、もう帰れないだろう」となると、転院や施設に移る話が決まった後に、MSWが呼ばれるんです。意思決定の場で患者さんとご家族の思いが反映されないまま、大切なことが決まっていく状況でした。
他方、病院側としてはいろいろと調整をして、退院後、ご自宅に戻っていただいたつもりでも、受け入れる側のケアマネジャーや訪問看護師の方から「なぜこんな状態で帰宅させるのか」「病院は、出したら終わりだから楽でいい」などと言われるケースもありました。
きちんと対応したつもりでも、帰す側と受け入れる側では見えるものが違う。それなら次は、受け入れる側の立場である在宅医療に携わりたいと思い、後に現在の「おうちにかえろう。病院」の設立母体となる、やまと診療所に転職しました。
■あいらいふ:
総合病院で働いたからこそ見えてきた課題が、仲内さんの背中を押したのですね。
■MSW仲内:
そうですね。帰りたいけど言い出せない雰囲気のまま、選択肢すら与えられず、療養型病院や施設に移る患者さんをたくさん見てきたので。
もちろんケースバイケースではありますが、医療従事者の側の都合で選択肢を狭めることはしてほしくない。望めば誰もが家に帰れる世の中にしたい、と強く思いました。

在宅復帰支援の病院立ち上げに奔走
職域を超えてスタッフが一丸に
■あいらいふ:
「おうちにかえろう。病院」は、在宅医療を専門に手がけるやまと診療所が、2021年に設立した、患者さんの在宅復帰を支援するための病院です。
当初はレスパイト(地域で在宅医療・介護を受けている方や、介護するご家族の休養を目的とした短期入院)専門の病院として企画されたという、ユニークな設立の経緯をお持ちです。仲内さんは立ち上げメンバーのお一人とうかがっていますが。
■MSW仲内:
そうですね。やまと診療所への勤務から、「おうちにかえろう。病院」の立ち上げに携わりました。立ち上げ時のMSWは、私一人です。やまと診療所の別のMSWに手伝ってもらいながら、本当に手探りでここまで来ました。
■あいらいふ:
立ち上げにあたってのご苦労は多かったですか?
■MSW仲内:
皆、病院の立ち上げは初めての経験でしたから、医師や看護師をはじめ、スタッフ一人ひとりが職域を超えて、何から何まで、本当に細かいことから一つずつ、決めていきました。
患者さんの受け入れ基準については、まずは断らずに受け入れようという方針で、困ったことがあればそのつど修正するという感じでした。とにかく無事に退院していただけるよう、駆けずり回っていたという記憶しかないですね。
■あいらいふ:
患者さんの在宅復帰を支援するために、チーム一丸となって取り組まれたのですね。
■あいらいふライフコーディネーター・竹下美都(以下、ILC竹下):
ご相談のためにこちらに来院するたびに、まるでカフェやコーヒーショップのような、居心地の良さに驚かされるんです。患者さんとスタッフのみなさんの間に、壁を感じさせない雰囲気も印象的で、すごく素敵です。

■MSW仲内:
当院は、患者さんの在宅復帰に向けた支援を役割とする「地域包括ケア病棟」ですので、治療が落ち着いている方や、レスパイト入院をされる方が多く利用されています。病院らしくない、ご自宅のような温かい雰囲気は、そうした患者さんのケアをする上で非常に適した環境だと感じています。
施設へのご入居を希望される患者さんにとっても、ご自宅以外の場所での生活に慣れていただき、入居前の準備期間を過ごす上で良い環境だと思います。
また、当院では、看護師やMSWにはユニフォームがなく、医師も白衣を着ていません。これは、医療従事者というより人間として患者さんと関わりたいという、私たちの意思表示でもあります。
■ILC竹下:
本当に、同じ場所で日常を過ごす友だちや同僚、家族といったイメージですね。
■MSW仲内:
当院の地域連携部には現在、6名のMSWが所属していますが、ある意味では、医師や看護師も含めた全職員がソーシャルワークに携わっている、と言えるかもしれません。
診察のときだけ、面談のときだけといった“点”ではなく、すべてのスタッフが日々の生活を通して患者さんに関わり、その方のお考えや大切にされている事柄を拾い上げていきます。だからこそ、ご相談の際に、ご本人のお気持ちをより深く引き出せるのではないかと思います。
入院しない病院?
残された時間を自分らしく
■あいらいふ:
「おうちにかえろう。病院」がその役割を果たせたと、仲内さんが感じられたエピソードはありますか?
■MSW仲内:
以前、大学病院からがん末期の女性の患者さんについて、受け入れを打診されたことがあるんです。3人の息子さんのお母さんでしたが、もう外来治療はできず、緩和ケアしか成す術がない状態だ、と。
その場で受け入れたのですが、こちらにお見えになったところで、実際は残された時間もあと数日、数週間ではないかというお話をうかがいました。そこで、ご家族のご意向をうかがった上で、ご自宅に戻られることを提案したのです。
当院からやまと診療所につなぎ、在宅医療のための酸素マスクなどを手配して、転院から1時間足らずでご自宅に帰ることになりました。
通常の病院ならそのまま入院させたであろうケースですが、患者さんに残された時間や、ご家族が大切にされている思いについてのお話を聞いて、ご自宅に戻られた方が良いと判断しました。
ご帰宅後、やまと診療所のスタッフから写真が送られてきたんです。病院では意識がはっきりせず、朦朧としていたはずの患者さんが、中高生くらいの息子さんたちと、ニコニコしながら肩を組んで写っている写真でした。それを見たとき「おうちに帰るって、やっぱりいいな」と思って。
病院だから、入院しなくてはいけないということはない。「おうちにかえろう。病院」は、患者さんとご家族が最期をどのようにご自分らしく迎えるか、そのための手段として存在するんだと改めて思いました。
■あいらいふ:
医師、看護師、MSW、そして「おうちにかえろう。病院」とやまと診療所の職員さんたちが一丸となっていることが伝わってくるエピソードです。
地域との緊密な連携で
在宅復帰の願いを叶えたい
■あいらいふ:
居宅介護支援事業所や地域包括支援センターといった、関係機関との地域連携についてはどのような状況ですか?
■MSW仲内:
設立から3年が経過して、「おうちにかえろう。病院」の名前は浸透してきたと思うのですが、まだ、一般的な地域包括ケア病棟のイメージがぬぐい切れていない印象です。
現状、地域包括ケア病棟には在宅復帰率という厚生労働省が定めた評価基準があって、他の病院では、在宅復帰の見込みが低い方は入院そのものを断られてしまうケースが多いのです。
それもあって、地域包括ケア病棟だから、規定の日数でご自宅に帰れる見込みの人でなければダメだという思い込みが働き、当院がご相談の対象から漏れてしまっているのではないか、と。
当院は、施設基準の在宅復帰率から外れてしまう方でも、おうちに帰りたい思いがある方、在宅復帰にチャレンジしたい思いがある方を受け入れていこう、ご本人、ご家族と一緒に考えようというスタンスです。
今後は居宅介護支援事業所や地域包括支援センターとの連携をより深めて、例え在宅復帰の可能性が5%、10%であっても、まずはお声がけをいただけるように、当院のスタンスを広く知っていただきたいと考えています。
■あいらいふ:
在宅復帰の可能性が低い患者さんを受け入れるのは、果敢なチャレンジですね。
■MSW仲内:
そういった意味では、当院にとって、在宅医療を専門に手がけるやまと診療所との連携は“強み”と言えます。「自宅で自分らしく死ねる、そういう世の中をつくる。」という、やまと診療所の理念と取り組みを支えるのが「おうちにかえろう。病院」ですから。
一方で、老衰やフレイルの状態にあって、ご自宅での療養が長期に及んでいる患者さんも、当院へのレスパイト入院を活用して、病院とご自宅を気軽に往復していただくことができれば、ご家族の負担は和らぎます。そういったやまと診療所との連携も、少しずつうまく、機能してきているように感じます。
■あいらいふ:
患者さんを幅広く受け入れる「おうちにかえろう。病院」さまでは、チャレンジの結果として、高齢者施設へのご入居を選択される方も多いと思われますが、あいらいふのような老人ホーム紹介業者に対しては、どのような印象をお持ちですか?
■MSW仲内:
紹介業者さんの中でも、あいらいふさんは相談しやすいですね。どんなケースでも一度は相談してみようかなと思います。対応がスピーディーで、かつ、患者さんに最適な施設をご紹介いただける印象です。
竹下さんには、患者さんに対して大変親身になって対応していただいていますし、難しい場合には難しいとはっきり言ってもらえるのも好感が持てます。ミスマッチがなく、ご家族の満足度も高いですね。
■ILC竹下:
大変うれしいお言葉です。仲内さんとは、開業して間もないころにおうかがいしてからずっとのご縁ですが、ご相談者とご家族に心から向き合う姿勢が本当に素晴らしくて。いつも尊敬しています。
■MSW仲内:
施設を選ぶ際も、パンフレットに記載されていない、雰囲気のようなところまでは、私たちにはわかりませんから。紹介業者さんには、どのような形であれ、患者さんとご家族がより良い選択肢を選び取るためのパートナーでいてほしいと思っています。

【プロフィール】
医療法人社団焔 おうちにかえろう。病院
医療ソーシャルワーカー
仲内 美咲
社会福祉の大学を卒業後、総合病院に就職し、MSWとしてのキャリアをスタート。「患者さんの在宅復帰の選択肢をあきらめたくない」との思いから、在宅医療事業を手がけるやまと診療所に転職し、2021年、おうちにかえろう。病院の立ち上げに携わる。
===取材協力===
医療法人社団焔 おうちにかえろう。病院
東京都板橋区大原町44-3
https://hospital.teamblue.jp/
取材・撮影:あいらいふ編集部
文:北林あい
豊かなシニアライフのための情報誌『あいらいふ』編集部
【誌名】『あいらいふ』vol.175(2025年1月30日発行号)
【概要】初めて老人ホームを探すご家族さまの施設選びのポイントをさまざまな切り口でわかりやすく解説。著名人に介護経験を語っていただくインタビュー記事のほか、人生やシニアライフを豊かにするためのさまざまな情報や話題を取り上げて掲載。
【発行部数】4万部
【配布場所】市区役所の高齢者介護担当窓口・社会福祉協議会・地域包括支援センター・居宅介護支援事業所・訪問看護ステーション・病院・薬局など1万か所