支援連携の輪

【ソーシャルワークの現場から -支援連携の輪-】[東京]医療ソーシャルワーカー・谷口顕子 氏

医療ソーシャルワーカー・谷口顕子 氏
medical social worker / Taniguchi Akiko

生きた証は必ず残る。
連携すべきは”人の想い”

患者さんとご家族が安心して治療・療養に専念できるよう、また退院後にも安心して暮らせるよう、心理的・社会的問題を解決するための支援や調整を使命とする医療ソーシャルワーカー(以下、MSW)。公益財団法人がん研究会 有明病院(以下、がん研有明病院)で働き10年目を迎えた谷口さんに、お話をうかがった。

新たな学びを求めて

■あいらいふ編集部(以下、あいらいふ):
よろしくお願いいたします。
最初に、MSWになった経緯を教えてください。

■医療ソーシャルワーカー・谷口さん(以下、MSW谷口):
福祉系の大学を卒業した後、自閉症の方のための自立支援施設に就職しました。当時は国際協力に興味があり、学生時代に発展途上国で発達障害の方への支援が足りていないという状況を耳にして、その分野のケアを習得して海外で役立てたいと考えたからです。

施設では、忙しいながらも充実した毎日を過ごしていました。ところが、私が担当していたご高齢のご入所者が老衰で亡くなっていく過程に立ち会った経験を経て、次第に障がいのある方への支援だけでなく、亡くなっていく方への支援の仕方も学びたいと考えるようになったのです。

そんなとき、偶然、自宅の近くで求人を出している緩和ケア病棟があることを知り、思い切って転職を決めました。入職後、すぐに社会福祉士の資格を取得して、身体の痛みや心の不安を和らげる緩和ケアに専念し、末期がんの方とご家族に向き合い続ける5年間を過ごしました。

そのうち、今度は新たに”積極的な治療を終えて、苦痛を取り除くための緩和ケアを受け入れるかどうか、葛藤している方を支援したい”という想いがふつふつとわき出てきたのです。そこで、がん専門病院として名高いがん研有明病院への転職を選び、今年で入職してから10年目を迎えました。

これまでの経緯を振り返ってみると、”もっと知りたい、学びたい”と感じたことが人生の転機となり、答えを求め続けた結果、今の私があるのだと思います。

■あいらいふ:
以前から目標に向かって突き進んでいく性格だったのですか? また、国際協力のほかに、元々医療や福祉についての関心もお持ちだったのでしょうか?

■MSW谷口:
幼少期から好奇心が強く、興味を持ったことには一直線で突き進むタイプでした。子どもの頃には明確な夢や目標はありませんでしたが、我が家は祖父母と両親、私を含む3人兄弟の7人家族で、介護が必要な祖母とともに暮らす風景を日常として育ちました。そのためか、人をサポートする仕事がしたいという気持ちは自然に芽生えていたと思います。

答えは”すべて正解”

■あいらいふ:
複数の施設・医療機関で約17年、MSWとして約15年の経験を積んでこられた谷口さんから見て、MSWに必要な素養は何だと思いますか?

■MSW谷口:
コミュニケーション能力や傾聴力など、さまざまなスキルが必要だと思いますが、その中でも”バランス感覚”が大切だと考えています。患者さんやご家族、医師、看護師など多くの方が関わって治療を進めるわけですが、必ずしも全員の意見と想いが一致しているわけではありません。

そのため、どこか一つだけの意見に過度に重きを置かず、関わる人の総意を見極めるバランス感覚が必要になります。MSWが主観的過ぎても客観的過ぎても、良い結論は見つかりません。

患者さまとご家族、治療に関わるすべての人間が一緒になって、一生懸命考えて選んだ結論であれば、どのような結論であってもすべて正解だと思っています。

■あいらいふ:
関係者がしっかりと連携して患者さんとご家族を支えられるように、MSWが総意をまとめていくのですね。谷口さんの考える、ご自身のMSWとしての強みは、そうしたバランス感覚ですか?

■MSW谷口:
私に強みがあるとすれば、実は自分自身にあまり”自信がない”ことだと思っています。自信がないからこそ、”間違っているかもしれない”という視点を忘れず、起こったことは良いことも悪いことも必ず自分自身にフィードバックしています。反省点を、自身のその後の行動に活かせるように。

■あいらいふ:
日頃、患者さんやご家族と接する際に、心がけていることはありますか?

■MSW谷口:
どのような仕事も、長く続けて経験を積めば積むほど、毎日の業務が反復作業になってしまう危険性は増します。MSWの仕事も同様です。しかし、私にとっては千人目の患者さんであっても、患者さんにとっては生まれて初めて会うMSWというケースも少なくありません。ですから、決して自分を過信せず、謙虚な気持ちと初心を忘れないよう心がけています。

■あいらいふライフコーディネーター・村上能啓(以下、ILC村上):
あいらいふが行っている有料老人ホームのご紹介について、われわれも同じように感じています。私たちライフコーディネーターにとっては毎日の業務であっても、ご相談者とご家族にとっては初めての施設探しという場合がほとんどですから。

■あいらいふ:
本当にそうですね。谷口さんがMSWをされてきた中で、特に印象に残っているエピソードなどはありますか?

■MSW谷口:
印象に残っている患者さんはたくさんいらっしゃるのですが、私はある患者さんにいただいた木彫りのイルカのアクセサリーを、仕事で毎日使う携帯電話につけています。その方は、私ががん研有明病院に入職した年に担当した患者さんなんです。

伊豆諸島の御蔵島(みくらじま)という、診療所しかない離島から治療のために通院されていた、70代で独り暮らしの患者さんでした。東京にお住まいのお子さまたちが当院での治療を強く希望されていたのですが、患者さんとご家族を交えて面談していたあるとき、ご本人が「俺はもうがんの治療はしなくていいんだけどね。自分の生まれた島で死にたいんだ」とボソッとおっしゃって。お子さまたちは治療の継続を望んでいたので驚かれていましたが、ご本人は覚悟を決めていらっしゃったんです。

けれども患者さんのお身体の状態は、症状が進行すると出血や窒息のリスクが高まり、痛みも出てくる種類のがんでした。退院調整をするMSWの立場からすると、島の診療所で充分な緩和ケアを受けられるのかどうか、不安がありました。そこで診療所の先生に連絡をとり、患者さんの詳しい病状やこの先のリスク、ご家族の状況などをご説明して相談したところ、その先生が「そこまで考えた上で島で死にたいと言うなら、僕が毎日でも診察します」と言ってくださって。

お子さまたちも最初は反対されていたのですが、面談を重ねるうちに、最終的にはお父さまのお気持ちを尊重しようと結論がまとまりました。そして、患者さんが島に帰るときに、「優しくしてくれて、ありがとうね」という言葉とともに、私にこの木彫りのイルカをくださったんです。けれども、そのときの私は、”本当に私はその患者さんに優しくできたのだろうか。もっとできることがあったのではないか”と自問自答することしかできなくて……。

それ以来、自分への戒めとして初心を忘れないように、毎日使う携帯電話に付けて常に持ち歩いているんです。ユニフォームの胸ポケットに携帯を入れていると、何をするときにも目に入りますから。これを身につけることで、常に患者さんへの優しさを忘れずに対応しようと気持ちが引き締まるのです。

■あいらいふ:
患者さんの覚悟、その覚悟を尊重するご家族、島での治療を引き受けてくださった診療所の先生、そして、がん研有明病院の先生方のご意見を、谷口さんがしっかりつなげることで、皆さんが協力して患者さんの想いを支えられたのですね。

■MSW谷口:
MSWは医療機関とさまざまな医療・介護の事業所などをつなぐだけではなく、人の気持ちと気持ちをつなぐことも、大切な仕事なのです。

例えば、「先生には聞きづらいのだけど…」と、これから受ける治療の副作用についてもっと知りたい、あるいは、ほかの治療方法はないのかといった疑問を、MSWとの面談の際に打ち明ける患者さんもいらっしゃいます。

そのような場合は、患者さんからなぜそのような疑問が出てきたのかを理解するために、お話を傾聴した上で質問項目を整理し、私から医師に、次回の診察の際に説明していただくように依頼することもあります。同様に、当院の医師を含めた医療スタッフの想いを、ほかの医療機関や介護スタッフの方々に伝えていくことも大切な連携の一つです。

あいらいふ:
連携の輪の一つとして、老人ホーム紹介会社をご活用いただく機会も多いと思います。あいらいふの業務をどのように評価されていらっしゃいますか?

MSW谷口:
当院から特定の業者や施設を患者さんにご紹介することは難しいのですが、信頼できる有料老人ホーム紹介会社の資料をお渡しすることはあります。その中でも、あいらいふさんは患者さんに多くの選択肢を提示してくださるので大変助かっています。患者さんにとても丁寧に対応してくださるところも、安心してご紹介できる理由の一つです。

以前、村上さんに、少々対応が難しい患者さんをお願いしたことがありました。その患者さんは、治療に携わる周囲のほとんどの関係者に対して否定的な感情をお持ちだったのですが、村上さんは時間をかけて丁寧に施設の説明をされた上で、施設見学にも同行してくださいました。思い返せば、その患者さんが否定的な評価を口にしなかった相手は、村上さんだけでした。親身に対応してくださったことに、本当に感謝しています。

ILC村上:
ありがとうございます。私が患者さんに対してしっかりと対応できているとすれば、それは谷口さんがいつもこちらからの質問に対して、知見を交えて的確な答えを素早く示してくださるからです。おかげさまで、患者さんとご家族のご意向に沿った施設を探し、ご紹介することができています。

普段から谷口さんのお仕事ぶりを拝見していると、谷口さんにお気持ちを救われている患者さん、ご家族がたくさんいらっしゃると感じます。そういう使命感を持って働いていらっしゃる方とお仕事をさせていただくこと自体がありがたいですし、自分自身の仕事にも誇りを持つことができます。その代わり、求められるものも大きいので、身が引き締まる思いもあります。

■あいらいふ:
さまざまな場面で辛い立場に置かれた方たちを支援するために、もっと知りたい、学びたいという気持ちを追求して、今、谷口さんが辿り着いた”MSWが患者さんとご家族のためにできる支援”とは、どのようなものですか?

■MSW谷口:
MSWとして、余命が限られた方と関わることも多くあります。命がなくなることや大切な人がいなくなってしまうことは怖いものですが、その方が生きた証は身近な人や社会の中に必ず残ります。

患者さんがどのような気持ちで人生を生きてこられ、何を大切にしたいのか。その想いを汲み取り、ご家族や医療従事者に共有していくことが、MSWにできる最善の支援だと信じています。

そのためにも、福祉や医療、介護の知識を常にアップデートしようと努めています。患者さんやご家族が利用できる制度や医療機関が新設されたら、必要に応じて速やかにつなげられるように、社会全体の流れをきちんと把握しておくことが現在の課題です。

■あいらいふ:
本日は素晴らしいお話をありがとうございました。今後のますますのご活躍をお祈りしております。

【プロフィール】
公益財団法人がん研究会 有明病院
トータルケアセンター 医療連携部 地域連携室
患者・家族支援部 がん相談支援センター
社会福祉士 谷口顕子

福祉関連の大学を卒業後、2008年に自閉症の方の自立支援施設に就職。2010年にホスピス(緩和ケア病棟)に転職してターミナルケアの経験を積みながら、社会福祉士の資格を取得。その後、緩和ケアをより詳しく学ぶため2015年にがん研有明病院に入職し、地域連携室に所属。現在は同室の医師、看護師、MSW、事務員の計19名とともに、患者の想いをつなぐ入退院支援に全力を尽くしている。

===取材協力===
公益財団法人がん研究会 有明病院
東京都江東区有明3-8-31
https://www.jfcr.or.jp/hospital/

取材・文/あいらいふ編集部
撮影/木下治子

介護情報誌『あいらいふ』編集部
【誌名】『あいらいふ vol.173(2024年10-11月号)』
【概要】 初めて老人ホームを探すご家族さまの施設選びのポイントをさまざまな切り口でわかりやすく解説。著名人に人生観を語っていただくインタビュー記事のほか、人生やシニアライフを豊かにするためのさまざまな情報や話題を取り上げて掲載。
【発行部数】4万部
【配布場所】市区役所高齢者介護担当窓口・社会福祉協議会・地域包括支援センター・居宅介護支援事業所・訪問看護ステーション・病院・薬局など1万か所

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