【ソーシャルワークの現場から -支援連携の輪-】[京都]介護支援専門員(ケアマネジャー)・古川美佳 氏
介護支援専門員(ケアマネジャー)・ 古川美佳 氏
care manager / Mika Furukawa
介護って、喜ばれる仕事なんだ
介護を必要とする方やご家族の相談に乗り、適切な介護サービスが受けられるようにサポートすることが、ケアマネジャー(以下、ケアマネ)の大切な仕事。2000年にこの職種が創設された当初から、ケアマネとしてさまざまな介護の現場を経験してきた古川美佳さんに、その想いをうかがった。
「楽しいと言わせてみせる」
■あいらいふ編集部(以下、あいらいふ):
よろしくお願いいたします。
まずは、福祉に関わることになったきっかけを教えてください。
■ケアマネジャー・古川さん(以下、CM古川):
結婚・出産を機に、それまで勤めていた会計事務所を退職して育児に専念していたのですが、義母からの紹介があり、前職の経験を活かした会計事務として、社会福祉法人七野会に入職しました。現在も働き続けている当法人は、当時から特別養護老人ホーム(特養)や通所介護(デイサービス)を運営していました。さまざまな職種を通じて、介護の世界を垣間見るうちに、元々人との関わりが好きだった私は興味をひかれて、導かれるようにデイサービス部門に移籍して働くことになったんです。当時は福祉に関する知識がまったくなく、イチからの出発でした。
■あいらいふ:
当時はどのような役割を担っていたんですか?
■CM古川:
未経験の介護職として、お風呂や排泄の介助を行うほか、「集い」と呼ばれるレクリエーションの企画に力を入れていました。ご利用者にスケッチブックを一冊ずつ購入して、各自の写真やイラスト、植物の観察日記などを集めたオリジナル作品集を作り、ご家族にも見ていただけるようにプレゼントしたこともありました。
ご利用者からいただく「また来るわ♪」「楽しかった!」という言葉が、うれしくてたまらなかったんです。絶対に「楽しかった」と言わせたい。言わせてみせる。ご利用者に喜んでほしい。笑顔になってほしい。それだけを願って、無我夢中で働いていました。
けれども、ある日、先輩にこんな質問をされたんです。「あの人がデイサービスに来ていない日に、どう過ごされているか知っている?」。そういえば、あのご利用者は独り暮らしだけれど、ご自宅でのご飯の支度はどうしているんだろう? 排泄は……? そのときの私は、ご利用者のご自宅での暮らしをまったく想像できていなかったんです。一週間のうち、デイサービスに出かける1日よりも、それ以外の6日間の方が圧倒的に長いと理解していなければいけなかった。それが介護について深く考えるきっかけになり、その日を境に、本当の福祉のスタートラインに立てたと思っています。
言葉の裏側にどう気づくか
■あいらいふ:
ケアマネの資格はいつ取得されたのですか?
■CM古川:
2000年に介護保険制度が創設されて、それと同時にケアマネという職種も誕生しました。それから、介護サービスを利用するためには、ケアマネが作成するケアプラン(介護サービス計画書)が必要な仕組みに変わったんです。
当時、私がいたデイサービスでは、ご利用者のお身体の状況に合わせて、通えなくなった方は訪問の入浴サービスに切り替えるといった臨機応変な対応をしていました。介護保険制度がどのような仕組みかまったくわからない段階でしたので、新たな職種のケアマネがそんな細かな変化に気づけるのか信用できず、ケアマネが作成するケアプランに対等の立場で意見が言えるよう、自分自身もケアマネの資格を取っておこうと、当時は施設長や役責者が取得していた資格でしたが、一介護職の私も資格取得に挑戦しました。
思いがけないことに、ケアマネの資格を取得すると頼まれる仕事の幅がどんどん広がっていき、いつしか法人内に設けた在宅介護の相談窓口まで担当するようになりました。その後、地域包括支援センター(以下、地域包括)が創設されて当法人が委託を受けると、すでに相談窓口での経験を積んでいた私が適任とされ、思いもよらず地域包括の初代センター長にまでなってしまったのです。当法人で働いていると、地域住民のご要望に応えるためにさまざまなサービスを提供しているうちに、制度が後から追いついてくるという体験もありました。私もこれをお手本に約10年、センター長として住民の声や介護事業者の声を区や市に伝える役目を全力で努める日々が続きました。
■あいらいふ:
法人の理事長は先見の明があったんですね。センター長時代の印象に残っているエピソードはありますか?
■CM古川:
担当地域の中に車を長時間走らせないと通えない山間地があり、ほかの地域を担当するグループと比べると時間もガソリン代もかかるので、なんとか補助金が下りるように理事長や京都市にかけあうなど、制度の不備に意見する機会は多かったですね。最終的には、京都市内のすべての地域包括が集まる協議会の副会長まで務めました。地域包括だけでは解決できない社会的な課題を京都市に伝えていける、やりがいのある仕事でした。
■あいらいふ:
センター長として長く活躍された後、なぜ居宅介護支援事業所(以下、居宅)の管理職に異動されたのですか?
■CM古川:
地域包括には、安心して次のセンター長をお任せできる方がいたことと、約10年も在宅介護の現場から離れていたので、今の状況が見たいと思ったからです。戻ってから感じた変化は、独り暮らしのご高齢者が多くなり、ご家族がいても施設に入れてほしいという方が増えたことです。
■あいらいふ:
最後まで家族が家で世話をするのが当然という時代から、無理を重ねて介護をするよりも、施設に移り住んでプロにみてもらう方がいい、というスタイルに変わってきましたね。
■CM古川:
介護者自身の人生を考えるなら、介護離職はしない方がいいと思います。社会との接点が途絶えてしまいますから。介護はゴールが見えないし、今後、再就職ができるかどうかもわかりません。今は介護保険あるいは保険外の介護サービスがたくさんありますし、さまざまな特徴を備えた有料老人ホームも増えました。お金は必要ですが、それらを上手に利用して生活を充実させてほしい。多くの選択肢があると知っておくことは、介護に携わる人間であれば必須だと思います。
■あいらいふ:
私たちが提供している、シニアの日頃のちょっとしたお困りごとをサポートするサービス「まごころサポート」なども、お役に立てていただければうれしいです。現在ご一緒に働いている居宅のスタッフに心がけてほしいこと、大切にしてほしいことなどはありますか?
■CM古川:
基本はやはり愛想よく、ご利用者が話しやすい人柄でいてほしいです。ケアマネの仕事はそこが始まりですから。私自身もスタッフに対して「いつでも話しかけてね」という気持ちで、必死なときでも感情の起伏が面に出ないように心がけています。
もう一つは、各自の業務内容を事業所内で共有するためのシステム化です。昨年末、事情により急きょ、スタッフの一人が休職することになり、担当していたケースを他法人へ移管することも考えざるを得ない状況が発生しました。ところが、休職したスタッフがいつ帰ってきても担当ケースを本人に返せるようにと、残り6人のスタッフが一丸となって一人当たり5、6件ものケースを追加で受け持ち、今に至るまで休職スタッフの担当ケースを守り続けてくれているんです。
その引き継ぎの際に役立ったものが、ケアプランや報告書を作成するために日頃から全員で共有していた文書作成用の文言のフォーマットでした。引き継いだ文書に見慣れた文言が並んでいたので、経過記録などがひと目で理解できたんです。システム化されたフォーマットに則って文書を作成していけば法令も順守できるし、入力の手間も省ける。このようなシステム化や情報共有の大切さを痛感した出来事でした。
■あいらいふ:
システム化、仕組化は大切ですね。ペーパーレス化を進めて、ケアマネが在宅でも働ける環境を整備している事業所も増えています。ケアマネ不足を補うメリットもあり、働きやすさが向上する良い変化と捉えていますか?
■CM古川:
介護保険の改定で、オンラインでの面会を活用し、訪問の回数を減らす取り組みも進んでいます。けれども、やはり実際に訪問して、ご利用者やご家族のお顔を見て話さないとわからないこともあります。お電話での会話しかできなかったコロナ禍の時期に、「大丈夫」の言葉の裏側で、ご家庭でお困りごとが起こり始めていたり、体調の悪化を把握できなかった問題もありました。ご高齢者は多少調子が悪くても「大丈夫」と言い、ギリギリの状態になるまで「助けて」と口に出さない方も多い。その間の変化にどう気づけばいいのか、考える毎日です。
■あいらいふ:
今年度は介護報酬の改定があり、訪問介護サービスの基本料の減額が話題になりました。このあたりはどのように感じますか?
■CM古川:
訪問介護員(ホームヘルパー。以下、ヘルパー)に対する評価が低すぎると思います。お掃除・お買い物は簡単な作業と思われているのかもしれませんが、それによって現在の生活を維持したり、ご利用者の異変の早期発見につながっているケースは少なくありません。ヘルパーの働きで社会参加できているご高齢者がたくさんいるのです。
20年以上前になりますが、ヘルパーの助けを借りてご自宅のベッドの上だけで生活し、毎日天井の模様の穴を数えているという方がいました。その方が空きを待っていた特別養護老人ホーム(特養)にようやく入居できたとき、お部屋まで会いに行って「良かったね!」と喜んだら、「何が良かったねやねん!なんだ、こんなところ!」と凄い剣幕で怒られてしまったことがありました。
訳を聞くと、毎日来ていたヘルパーももう来ない。部屋の窓からは以前通っていたデイサービスが見えるのに、もう通えない。そう言うんです。雨漏りする家の中から一歩も外に出られず、排泄もままならない状態だったのですが、その方にとってはヘルパーやデイサービスが社会との関わりだったんですね。特養に入居することに同意はされていたのですが、その後の生活が想像できるように説明を尽くせていなかった。ケアマネとして、どれだけ本当にその方の人生が認識できていたのかと考えさせられた経験でした。それ以来、特養でも有料老人ホームでも、そこでの新しい暮らしをスタートするところまでを見据えたサポートが大切だと肝に銘じています。
■あいらいふ:
貴重なお話をありがとうございました。最後に、古川さんがお仕事をする上で愛用している物があれば教えてください。
■CM古川:
書類などを渡すときに付けるメモは、できるだけ見て楽しい気分になるようなものを使っています。点字で使用済の紙を再利用された一筆箋や、模様付きのマスキングテープなど、自己満足ですけれど、働く上でちょっとしたうるおいになるように、という私の小さな願いです。
【プロフィール】
社会福祉法人七野会
老人福祉総合施設 原谷こぶしの里
相談員/管理者 主任介護支援専門員 古川美佳
事務職として同法人に入社したのち、介護職としてデイサービスで勤務。介護保険制度初期にケアマネの資格を取得し、居宅介護支援を経験。その後、原谷地域包括支援センターの立ち上げに携わり、センター長に就任する。現在は原谷こぶしの里の居宅介護支援事業所の管理者を務めながら、これからの介護について研鑽を重ねている。モット―は「笑う門には福来る」。
===取材協力===
社会福祉法人七野会
老人福祉総合施設 原谷こぶしの里
京都市北区大北山長谷町5-36
https://nananokai.com/kobushi/
介護情報誌『あいらいふ』編集部
【誌名】『あいらいふ 2024年4-5月号』
【概要】 初めて老人ホームを探すご家族さまの施設選びのポイントをさまざまな切り口でわかりやすく解説。著名人に人生観を語っていただくインタビュー記事他、人生やシニアライフを豊かにするためのさまざまな情報や話題を取り上げて掲載。
【発行部数】4万部
【配布場所】市区役所高齢者介護担当窓口・社会福祉協議会・地域包括支援センター・居宅介護支援事業所・訪問看護ステーション・病院・薬局など1万か所