
人生100年時代の「口腔ケア」を考える
― 「口腔ケアの質の高いホーム」の見分け方 ―
「提携の歯科医にお任せでなく、プロと連携して、日常の口腔ケアの質を上げる。そんな老人ホームを高く評価したい」

日本歯科大学教授
口腔リハビリテーション多摩クリニック
大学院生命歯学研究科臨床口腔機能学院長
菊谷 武
1963年東京都生まれ。88年、日本歯科大学歯学部卒業。89年、同歯学部附属病院高齢者歯科診療科入局。2001年より、口腔リハビリテーションセンターのセンター長を務める。専門は、摂食嚥下リハビリテーション、老年歯科学。主著に、『図解 介護のための口腔ケア』(講談社)、『絵で見てわかる・認知症「食事の困った!」に答えます』(女子栄養大学出版部)、『チェアサイド オーラルフレイルの診かた』(医歯薬出版)。
目次
- 1.各老人ホームの「口腔ケア」にばらつきがある理由
- 2.口腔ケアの質の高い老人ホームを見極めるには?
- 3.自分の親の口の中を見たことのある人は少ないはずだから…
- 4.「要支援1の段階で、自分自身で口腔ケアは難しい」
- 5.歯医者には痛みが出てから」の次のステップに進むべき
- 6.「歯の老後」を考えてみませんか?
- 7.「歯があれば噛めると。しかし、舌がよく動くことで、歯は存在意義を持つもの」
各老人ホームの「口腔ケア」にばらつきがある理由
―「食べることは、生きること」であり、それに直結する口の中の状態を健康に保つことは高齢者の介護においても重要です。その認識が浸透し、今は大半の老人ホームで口腔ケアが行われていますが、その内容や質には、ホームによってばらつきがあると言われます。
口腔ケア、すなわち歯磨きなど口の中の衛生管理は老人ホームにとっては、大変、手間のかかるものです。
他人に歯を磨かれるのは、多少なりとも痛みや怖さを伴いますから、ケアされる側の拒否感も大きい上、着替えや入浴などとは違い、きちんと行っていなくてもそれが目立ちにくいこともあり、ホームの取組み方に差が出てしまいやすい部分です。
口腔ケアの質の高い老人ホームを見極めるには?
―ホームの口腔ケアの質を見極めるポイントは何でしょう。
提携の歯科医院などによる訪問歯科診療は、ほとんどのホームで行われていますが、週1回、歯科医師が来て歯を磨いてくれるとしても、それだけでは効果は限られています。
重要なのは、その訪問歯科診療の際に、ホームのスタッフが立ち会っているかどうかです。
普段、スタッフが行っている口腔ケアがうまくできているかどうかを、その場で歯科医師や歯科衛生士に確認してアドバイスを受け、それを日常のケアに反映させることが肝心なのです。プロにケアを丸投げするのではなく、プロと連携して日常のケアをレベルアップさせる。それができているのがよいホームです。
口腔ケアについて「○○歯科医院の先生に来ていただいています」だけではなく、「いつも、先生から、様々な指導を受けて日常のケアに反映させています」という説明があるホームなら二重丸です。
自分の親の口の中を見たことのある人は少ないはずだから…
― 在宅で高齢者を介護している人が、口腔ケアで気をつけるべきことは何でしょう。
自分の親の口の中を見たことがあるという人は、実は、かなり少ないはずです。口は、その構造上、唇を閉じてしまえば他人には、その中は見えません。そのため、口の中の状態が悪くなっていても介護者はそれに気づきにくいという面があります。
高齢者が自分自身で歯磨きをしているとしても、それは、「できている」とイコールではありません。健康を維持するための十分な歯磨きを行うには、相当に巧みな手の動きやしっかりとした理解が必要です。
自立した生活をしている若年者でさえ、それを完璧に行うのは難しく、多くの人が虫歯や歯周病になるのですから、要介護の高齢者にはできるはずがありません。この前提に立って、何が手伝えるかを考えることが必要です。
「要支援1の段階で、自分自身で口腔ケアは難しい」
― 具体的にどの段階になったら、介入が必要なのでしょうか。
「要介護認定を受ける」。すなわち、要支援1になった段階で、ご自身では口腔ケアができないと考えてよいでしょう。
口腔ケアの自立度が失われれば、当然、一気に虫歯や歯周病が進みます。ですから要支援になって以降は、元気だった頃よりもむしろ頻繁に歯科診療所を受診することが必要になるのです。とにかく、早めに受診し、徹底的に治療と予防処置をしておくべきです。それをしておかなかったために、さらに介護度が進んで通院ができなくなった時、手の施しようがなくなるというケースが少なくありません。
「歯医者には痛みが出てから」の次のステップに進むべき
― 歯科は痛みなどの問題が生じてから行くものと考えがちですが、自立生活が難しくなってきたら、まずは受診することが必要なのですね。
要介護認定を受けたということは、すなわち歯科診療所で歯科治療がで菊谷先生がすすめる舌と口のまわりの筋肉を鍛える運動きる期間がもうわずかしかなくなったということです。外来通院が可能な時期のうちに最大限介入しておくべきで、それを患者様と歯科医の双方が認識しておくことが重要だと思います。「いつまでも行けると思うな歯医者さん」であり「いつまでも来てくれると思うな患者さん」です。
抜かなければいけない歯は抜けるうちに抜いておく、古いかぶせ物は歯磨きのしやすい形のものに取り替えておくなど、介護度が重くなる前に管理のしやすい口の中に変えておくことが大切です。
「歯の老後」を考えてみませんか?
―日常のケアは、どのように行えばよいのでしょう。
要介護になると自発性は低下するので、介護者が代わりに入れ歯を洗ったり、歯磨きをしてあげることも状況に応じて必要になります。
自分以外の他の人に、口の中を見られたり歯を磨かれるのは誰しも抵抗があるものですが、食べるための武器である口の中を健常に保つことは、本人任せではまず無理です。
まだ、歯磨きには介入できない段階でも、ちゃんと歯を磨いたかどうか、声を掛けて確認するだけでもかなり違うと思います。
「歯があれば噛めると。しかし、舌がよく動くことで、歯は存在意義を持つもの」
― 食べる力を保つために、歯のケアの他に、重要なことは何でしょう。
「鬼に金棒」の金棒が歯だとすれば、鬼に相当するのが舌です。金棒は、それを振りまわす鬼がいるから威力を発揮します。
つまり、舌がよく動いてこそ、歯の存在は意義を持つのです。年齢とともに舌の機能は衰えますが、足腰などと比べてゆっくり衰えるので気づきにくく、噛めなくなるとそれを歯のせいにしてしまいがちです。
高齢になれば、足腰が衰えて歩く速度が遅くなるのと同様に、舌が衰えてものが噛みにくくなるという事実を受け入れる必要があります。
舌を鍛えるには、下の図のような方法がありますが、舌の機能低下が進んでいる場合は窒息などのリスクがありますので、要支援段階までの人が行うとよいでしょう。
―かかりつけ歯科医とのつきあい方のポイントはどういう点ですか。
重要なのは、コミュニケーションです。患者様側からも歯科医師に対してコミュニケーションを取りにいってほしいと思います。抜歯をすすめられたら、そこで不信感を抱いて診療所を変えるのではなく、なぜ抜歯が必要なのか説明を求めてみてください。歯科医師は、それぞれの患者様の状況を総合的に考慮して処置を決めているはずで、それを聞き出し、双方が納得した上で治療を進めていくことが大切だと思います。
※月刊あいらいふ2019年8月号を再掲載したものです。
日本歯科大学 口腔リハビリテーション多摩クリニック
東京都小金井市の「口腔リハビリテーション多摩クリニック」。 JR中央線、東小金井駅南口から徒歩1分の所にある
日本歯科大学 口腔リハビリテーション多摩クリニック
東京都小金井市の「口腔リハビリテーション多摩クリニック」。 JR中央線、東小金井駅南口から徒歩1分の所にある
撮影: 岩下洋介