
私の「介護・医療記事」の読み方 Vol. 38
〈特別編〉介護情報を伝える上で、どんな点に注意を払っているのか?
「高齢や介護にからむ社会問題が題材なのですが、読むと気持ちが明るくなる小説です」

中央公論新社
文芸局 文芸編集部
石川由美子
1987年神奈川県生まれ。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程卒。2012年、中央公論新社に入社。入社以来、文芸編集者として日々、雑誌、単行本、文庫の編集を行っている。
「凄く面白い小説なのですが、単行本は、大ヒットならず。そこで……」
がっちり貯金して老後は安泰のはずが、思わぬ金難に見舞われて……。
垣谷美雨さんの『老後の資金がありません』は、そんなピンチに直面した50代主婦が奮闘する物語です。
単行本として刊行された段階では、重版したものの、それほど部数が伸びていませんでした。
その文庫化を手掛けることになり、まず大きく変えたのは装丁です。
単行本は写真を使った装丁でしたが、タイトルとあいまって実用書と勘違いされやすかったため、イラストを使ったまったく別のものにしました。そして帯には「娘の派手婚」「舅の葬儀」「夫婦W失職」という言葉を並べ、どんなピンチが主人公の身にふりかかるのかをわかりやすく提示しました。ただ、それだけだと暗い話という印象を与えてしまうので「人生応援小説」というフレーズを入れました。こうした工夫も功を奏し、文庫版は25万部を超す大ヒットとなりました。
「介護に直面する方でも、読めば気が楽になると思います」
この作品が面白いのは、文学では正面から扱われることが少ない「お金」というテーマに、垣谷さんが生活者のリアルな視点で切り込み、巧みにすくいとっているところです。実は高齢化にからむシリアスで重い社会問題に真摯に取り組んでいる小説なのですが、私は装丁や帯でそれをストレートに表現するよりも、読後感のよさを強調したいと思いました。心が沈むようなことばかり起きる現実の中でも、これを読めば気持ちが明るくなるということを、何よりお伝えしたかったのです。
まるで幕の内弁当のように人生のいろいろな難題が詰まっているけれど、おいしく食べられて最後は心も満腹になっている。それができるのは小説という表現の強みかもしれません。介護などの問題に直面している方も、この本を読むときっと気が楽になるのではと思います。
撮影: 仙洞田猛