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マイライフ・インタビュー

慶應義塾大学名誉教授・東洋大学教授

「老人ホームのネットワーク化が進めばよいですね。今週は、ここでコンサート。来週は、あそこで読書会…。自由に行き来できれば、入居者の暮らしが豊かになるでしょう」

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竹中平蔵

1951年3月3日、和歌山県和歌山市生まれ。一橋大学経済学部卒業後、日本開発銀行入行。大蔵省財政金融研究室主任研究官、ハーバード大学客員教授などを経て、2001年、小泉内閣の経済財政政策担当大臣就任を皮切りに、金融担当大臣、郵政民営化担当大臣、総務大臣などを歴任。04年参議院議員に当選。06年9月、参議院議員を辞職し政界を引退。現在は、東洋大学国際地域学部教授、慶應義塾大学名誉教授、アカデミーヒルズ理事長などを兼任する。主な近著に『この制御不能な時代を生き抜く経済学』(講談社+α新書)、『平成の教訓・改革と愚策の30年』(PHP新書)、『偉人達の経済政策』(KADOKAWA)。

経済学者であり、小泉政権下では民間から大臣に抜擢され、経済財政政策担当大臣、総務大臣、郵政民営化担当大臣などを歴任した竹中平蔵先生。先生のお母様は、現在、95歳で老人ホームに入居中です。「人間が老いていくには、赤ん坊が成人するまでと同じくらいの大変なこと。子どもの教育にはプロによる集団教育が必要なように、介護も適切な設備においてプロの手が必要なのです」と説く竹中先生に、お母様の介護のことやご自身の考える「理想の老人ホーム」についてのお話をうかがいました。

竹中平蔵さん

 

「最も恐れるべきは、介護難民が出ること。すでに、これは現実になっています。全国には、劣悪な環境下で過ごさざるを得ない高齢者が少なくないのです」

 

 

そもそも、年金は老後の生活のすべてを保証するものではない

 

 「親に介護が必要な年になり、改めて思うのは、人間が穏やかに人生を終えていくプロセスは、人間が生まれてから成人するまでと同じくらい大変であるということです」
 こう話すのは、経済学者であり、小泉内閣では経済財政政策担当大臣を務めた竹中平蔵先生です。老いは、すべての人に平等に訪れるものですが、かといって何の備えもなしに、自然に迎えることはできないと竹中先生は説きます。
 「少しずつ衰えて、最期を迎えるまでには、赤ん坊が独り立ちするまでと同じくらいの手間と暇とお金がかかる。放っておけば、誰もが自然に最期を迎えることができるというのは幻想です」
 同時に、私達、一人ひとりが老いることに対して十分に準備ができているかどうかについても疑問を投げかけました。
 「老後に備えるということの中には、身体面、精神面、金銭面など様々な側面があります。それぞれについて、果たして、私達は十分に準備ができているでしょうか。私は、必ずしもそうとは考えません」
 金銭面の備えの一例として、竹中先生はメディアでも話題になった、「老後2000万円問題」を引用しながら解説します。
 「老後を安泰に過ごすには、年金以外に2000万円が必要との試算が波紋を呼びました。ですが、落ち着いて考えてみると、年金というのは、元々、それだけで過ごせるようには設計されていないのです」
 そもそも、年金は老後の生活のすべてを保証するものではない― これは、一体、どういう意味なのでしょうか。

 

 

二十数年も年金を支払い続けるような国は、日本だけ

 

 「国民年金保険という名称が示すように、年金というのは一種の保険で、万が一のリスクに備えるもの。つまり、自分が85歳まで生きると想定したら、85歳まで生活できるように自分で準備しておくのが基本なのです。しかし、予定よりも長生きするかもしれないし、早くに働けなくなるかもしれない。そのような万が一のリスクに備えるのが年金です」
 一般的に、保険というと生命保険をイメージしますが、竹中先生いわく「亡くなるリスクに備えるのが生命保険であり、長生きのリスクに備えるのが年金」だとか。生命保険が生きている間は一銭も受け取ることができないのと同じで、年金も、万が一の事態がなければ、本来は支払われることはありません。
 一方で、現在の国民年金制度では、65歳になれば誰もが受給できます。これは、制度がスタートした1960年代には男性の平均寿命が65歳、女性が70歳だったため。ところが、現在の平均寿命は、男性81歳、女性87歳(2018年)と大幅に伸びました。
 「諸外国の例を見ても、二十数年間も年金を支払い続けるような国は、日本だけ。この受給期間の長さは、世界の常識から見ると異常といえるでしょう。例えば、経団連の役員にまで年金を支払う必要が、果たしてあるのでしょうか」
 多くの人が、老後に対して十分な備えができていない状況は、いずれ深刻な問題を引き起こすとも警鐘を鳴らします。
  「最も恐れるべきは、十分な介護を受けることができない介護難民が出ること。すでに、これは現実になっています。全国には、『他に行く場所がない』という理由で無認可の介護施設に入居し、劣悪な環境下で過ごさざるを得ない高齢者が少なくないのです」
 介護難民になることを避けるには、「準備しなくても自然に最期を迎えることができる」という幻想を捨てて、老いに対して、今からでも備えることが重要です。備えとしては金銭面だけでなく、健康な心身を保つ、楽しめる趣味を持つ― などが挙げられるのではないでしょうか。

 

 

年齢ではなく、個人の能力に応じた働き方と報酬にシフトすべき

 

 もう1つ、竹中先生は日本特有の年齢差別を指摘します。
 「年齢差別の代表的なものは、定年制度。64歳は働けて、65歳になったから退職などというのは、他の先進国では通常、考えられません。健やかに暮らす高齢者が増える中で、これは日本の悪しき習慣の1つといえるかもしれません」
 年齢差別は、敬老精神という美名のもとに巧妙に隠されながら日本文化に根を下ろします。
 「高齢者を敬うのは崇高な精神。ですが、敬うといいつつ、その実、高齢者を一律に、弱者と決めつけて、『高齢になったから、何もしなくてよい』『何もできないだろう』と断じることは、果たして正しいことでしょうか」
 「人は年齢を重ねるほど多様になる」と考える竹中先生は、「年齢に応じてではなく、個人、個人の能力に応じた働き方と報酬」へシフトすべきと主張します。

 

 

竹中平蔵さん

 

「介護というプロセスを、家族がすべてまかなうのは現実的ではありません。プロフェッショナルの人間がケアをするからこそ、安全に、効率的に、質の高いケアを提供することができるのです」

 

 

95歳になるお母様は、段階を踏みながらホーム入居された

 

 竹中先生のお父様は4年前に他界し、現在、95歳になるお母様は老人ホームに入居中です。お母様が現在のホームへ入居するまでは、いくつかのステップを踏んで準備を進めてきました。
 「最初に故郷の和歌山県を引き払い、私や兄のいる関東の高齢者住宅へ入居しました。ですが、そこは自立して暮らせることが条件だったので、ケアが必要になってからは、現在の介護付老人ホームに移り住んだのです」
 お母様を老人ホームへ入居させるにあたり、迷いはなかったのでしょうか?
 「迷いは、まったくなかった」と即答する竹中先生は、その根拠として冒頭に紹介した、人間が老いていくには、赤ん坊が大人になるのと同じくらいの手間がかかるという話を挙げました。
 「介護と子どもの教育は、ある意味で同じです。子どもが独り立ちするまでに必要な教育を、家庭内で親だけが行うことは不可能でしょう。それよりも学校で集団教育を受けた方が、はるかに質の高い教育を受けることができます。介護もそれと同じこと。子どもを一人前にするのと同じほど労力のいる介護というプロセスを、家族がすべてまかなうなど現実的ではありません。プロのもとに介護が必要な人を集めてケアをするからこそ、安全に効率的に、質の高いケアを提供することができるのです」

 

 

「個々の老人ホームが充実したアクティビティを用意できているのであれば……」

 

 子どもの教育を例に取りながら、「家庭で介護をすることは非現実的」と話す竹中先生は、今ある老人ホームがより快適な場所になるためには「入居者が、ホーム間を自由に行き来できるようになればよい」と話します。
 「各ホームが、さまざまなアクティビティを用意していますが、利用できるのは、そこに入居している人だけですよね。もっと自由に、入居者がさまざまなホームを行き来できるようになれば、さらに活発に過ごせるでしょう。今週は、ここのホームでコンサートを鑑賞する、来週はあちらのホームで読書会に参加する― など、ホームのネットワーク化が進めばよいですね」

 

 

極限状態だった大臣時代。「正正の旗 堂堂の陣」の言葉に支えられた

 

 表紙の写真撮影をしながらも、時間ぎりぎりまで質問に答え続けてくれた竹中先生。最後に、民間閣僚として、経済財政政策担当大臣に抜擢された当時の様子も聞いてみました。
 「あの頃は、一種の極限状態でした。突然、大臣を拝命し、重責を背負いつつ毎日のようにマスコミから追いまわされるのですからね。ですが、小泉純一郎さんというのは本当に面白い人。マスコミからバッシングを受ける私の様子を見ても『悪名は、無名に勝る』なんていいながら、ニコニコしていましたよ」
 そんな大臣時代の竹中先生を支えたのは、「正正の旗 堂堂の陣(せいせいのはた・どうどうのじん)」という、中国の古典、孫子の言葉でした。
 「戦い続ける限り、負けはない。信じる道を突き進み、それで敗れたら仕方がない。決して、信念を曲げない小泉総理のもとだったからこそ、私自身も一筋に、自分の信じる道を貫くことができたのかもしれませんね」
 今、政治の世界から離れて、学者、研究者としての自由を取り戻した竹中先生は、穏やかな表情でそう語ってくれました。

 

 

2019.11 あいらいふ 掲載

文: 横井かずえ / 撮影: 近藤豊

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