タイトル画像

マイライフ・インタビュー

タレント・工業デザイナー・怪談家

「『世の中にいらない命などない』と、難病を抱えた息子が教えてくれました。彼がいなかったら、私は、もっと嫌味な人間になっていたでしょう」

インタビュイー写真

稲川淳二

1947年8月21日、東京都渋谷区生まれ。タレント、工業デザイナー、怪談家。ニッポン放送のラジオ番組、『オールナイトニッポン』でパーソナリティとしてデビュー。テレビの『オレたちひょうきん族』をはじめとしたバラエティ番組でブレイクし、NHKの大河ドラマで俳優も務める。86年に深夜のテレビ番組、『オールナイトフジ』で語った怪談が反響を呼び、怪談を収録したテープがオリコンチャート入りする。93年からは怪談ライブ、『ミステリーナイトツアー』を毎年続けており、今年で27年目を迎えた。96年には、個人でデザインを手がけた「車どめ」が、当時の通産省のグッドデザイン賞を受賞した。

怪談の話し手として、日本随一の人気を誇る稲川淳二さん。前立腺がんの克服、難病の次男様の他界などを経て、「60歳からは、一度も怒っていない」と話す稲川さんに、怒らない生き方、上手に生きる才能、そして、「理想の介護」などについてのお話をうかがいました。

稲川淳二さん

 

「『上手に生きる才能』というのはありますよ。よい生き方をした人は、よい最期を迎えます。よい死に方をしたければ、よく生きればいいと思うのです」

 

 

「人間、求められるうちは、いくつになっても元気でいられる」

 

 「背筋がゾッとする。でも、どこか温かい」――。そんな稲川淳二さんが怪談を紡ぐ「ミステリーナイトツアー」は、今年で27年目を迎えます。
 「ツアーに向けて、1年前から会場を予約します。つまり、私は、少なくとも1年後までは生きていないといけない。これは、大変なプレッシャーですね。しかし、面白いことに、人間、やることがあるうちは決して死ねません。求められているうちは、いくつになっても元気でいられるのですね」

 

 

ビートたけしさんと軍団の方達との「夜通しの仕事」で学んだこととは?

 

 テレビの仕事がピークで忙しかった時期は、1週間に28本ものレギュラー番組をこなしていました。
 「当時、渋谷にボウリング場を改築したスタジオがありました。そこで、ビートたけしさんと軍団の方達とお笑いのドラマ撮りなどをよくしていたのです。日本全体の景気がよくて、芸能界にもパワーがあった。夜通し撮影しては、酒を飲み、そのまま寝ないで仕事や草野球に行きました。でも、不思議ですねぇ。誰も病気にならないのです。テレビの番組で、健康診断をされても、全員、問題なし。『病は気から』という言葉を実感しました」

 

 

死というものが、まったく怖くなくなった理由

 

 「人間には、上手な生き方をする才能というものがある」と、稲川さん。上手な生き方を見せてくれた、2人の知人のエピソードを語ってくれました。
 「私は、茨城県に工房を持っていて、隣人に80歳を過ぎた上品な男性がいました。進んで町会長を引き受けたり、草むしりをしてくれたり。とにかく面倒見がよくて、みんなに好かれていたのですね。そんな彼が、ある時、仲間とテニスをしていて、疲れたからとベンチで休んでいた。一息ついて、微笑みながら仲間のプレーを見ている。でも、しばらくたって仲間が呼びに行っても立ち上がらない。よく見ると微笑みながら亡くなっていたそうです」
 もう1人の生き上手は、親類付合いをしていた高齢の男性です。
 「親の代から、親類付合いをしているおじいさんがいました。地域に中学校がなくて、みんなが困っていると、自分の畑の土地を寄付して学校を建ててしまうような人徳者。彼が、自転車で近所の友人の家に遊びに行った時、友人宅の前で植込みに突っ込んでしまいましてね。『失敗、失敗』という様子で照れ笑いしたまま起き上がらないので、まわりがふざけているのかと思って起こしに行ったら、やはり亡くなっていました。みんなが、周囲に集まってきましたが、本当に、笑った顔のまま亡くなっているのです」
 2人とも苦しむこともなく、笑顔で自然に亡くなっていたそうです。
 「よい生き方をした人は、よい死に方をするなとつくづく感じます。だから、よい死に方をしたかったら、よい生き方をすればいいわけなのですね。このことに気づいてから私は、死というのがまったく怖くなくなりました」

 

 

他人の死期をいいあてる「不思議な親類」

 

 子どもの頃、近所にお年寄りがたくさんいる環境で育ったという稲川さんに、ご自身の親類にまつわる不思議な話もうかがいました。
  「私の祖母の兄弟には、ちょっと不思議なところがありました。例えば、祖母の兄は、人の死期がわかるようでした。友人と茶飲み話で、『お前は何月何日に死ぬから、ちゃんと準備しておけよ』というと、それが本当にあたってしまうのです。あまりに、あたるものだから、次第に気味悪がられて、とうとう友人が1人もいなくなってしまった。何て、親類が話しているのをよく聞いていました」
 おばあさまのお兄さまは、ご自分の死期もいいあてたそうです。
 「『おら、いついつに行くからよう』といったのです。しかし、家族もそんなことすっかり忘れていた。ある朝、ご飯に起きてこないから『じいちゃん、ご飯だぞ』と呼びに行ったら『今、行くどー』と返事があった。ところが、待っても来ないから部屋をのぞくと、自分で予言したその日に亡くなっていた。『今、行くどー』というのは、『あの世に行く』という意味だったのでしょうね」

 

 

ロボット手術で、前立腺がんを克服する。手術は正味18分

 

 稲川さんは2012年、前立腺がんの手術を受けています。
 「舞台の途中で、急にセリフが飛んだのです。毎年、行うミステリーナイトの舞台で、それまで何十回も披露している同じ話をしているのに、どうしてもセリフが出てこない」
 しかし、稲川さんは酸欠による不調だったと納得し、そのまま福岡の公演へ出かけました。
 ところが、福岡で、九州大学病院の医師でもある高校時代の友人に会うと、そのまま検査 に連れて行かれることに。後から聞くと、病院嫌いの稲川さんの体調を心配したスタッフが、「私達が話しても聞かないので、友人のあなた達から説得してください」と懇願したとのことでした。
 工業デザイナーでもあり、早くからロボット手術に興味を持っていた稲川さんは、がんが発覚した際に手術支援ロボット・ダヴィンチでの手術を選びました。ガラス越しにスタッフや長男様が見守る中、全身麻酔下で行われた手術時間は、何と正味18分。
 「昼過ぎに手術が始まって、目が覚めてもまだ外が明るい。『あれ? 本当に手術をしたのかな』というくらいの感覚でした」
 身体を大きく傷つけていないため、投薬や点滴もほとんどないまま入院生活を送る中で、稲川さんはあることに気づいたと話します。
 「休憩室で、いつも、とても楽しそうに話している男性のグループがいました。『何が、それほど楽しいのかな』と思って話を聞いてみると、何と会話は、全然、かみ合っていなかった。誰かが一言、話せば、全員がどっと笑う。また、誰かが話すと大笑いする。ですが、会話は一方通行。その時にふと思ったのです。病院に入ると、病気でない人も病人になってしまうなと」
 稲川さんは、人生において孤立、孤独ほど恐ろしいものはないと話します。
 「人生は、一方通行で決して戻れませんが、病院からは誰もが戻りたいと思うわけです。でも、残念ながら、戻れずに人生を置いて行ってしまう人もいる。そういう、一番、危険な時に、孤立、孤独にだけはさせてはいけません」
 孤独が病気を生む――こんな例を示す別のエピソードも話してくれました。
 「ある女性アナウンサーが、お父様を入院させたところ、2か月で亡くなってしまったそうです。それを聞いて私は、『病院に行かなければ、もっと長生きできたんじゃないの』といいました。すると彼女も『そう思う』と」

 

 

稲川淳二さん

 

「高齢者だからといって、みんなが童謡を好きとは限らない。私はオールディーズやフィフティーズ、映画音楽が大好きです。そんな音楽が楽しめる老人ホームがあればよいですね」

 

 

「オールディーズや映画が流れる老人ホームはありますか?」

 

 老人ホームについて感想をうかがうと、「高齢者だからといって、みんなが同じように童謡を好きとは限らない。例えば、私はオールディーズやフィフティーズ、映画音楽が大好きです。童謡ばかりではなく、青春時代を思い出させてくれるような音楽を楽しめる老人ホームがあればよいですね」と、時代に合わせてホームが提供するメニューがどんどん変わっていくことを期待されました。

 

 

「せがれのおかげで、世の中を違った形で見ることができる」

 

 「60歳からは一度も怒っていない」と微笑む稲川さん。
 その言葉通り、取材陣に対する気配りも丁寧で、「1つでも、たくさんのことを」と約束の時間を超過しても話し続けて下さいました。稲川さんが怒ることをやめた背景には、クルーゾン病という難病を持って生まれ、26歳でこの世を去った次男様の存在がありました。
 「次男からは、多くのことを学びました。もしも、私に障害のある息子がいなかったら、絶対に、もっと嫌味な人間になっていたでしょう。テレビに出てちやほやされていればよいのですからね。次男が教えてくれたのは、世の中にいらない命など1つもないということ。これまでとは違った形で世の中を見ることができるようになったのは、すべて、せがれのおかげだと感謝しています」
 不思議だけど、温かい。怖いけれど、愛のある怪談を私達が毎年楽しめるのは、ご次男様の精一杯生きた人生があったおかげなのかもしれません。

 

 

2019.07 あいらいふ 掲載 掲載

取材: 横井かずえ / 撮影: 仙洞田猛

  • 他の記事を読む
あいらいふ入居相談室は
経験豊富な専門相談員による
老人ホーム探しの無料サポートサービスです。
お電話でのご相談 お電話でのご相談