
療養病院の実力
― ドキュメント ―
「母を家に戻したい」という娘さんの声が専門スタッフの心を動かした

上尾中央医科グループ 医療法人社団協友会 埼玉回生病院
1980年の創設以来、人生の最終段階を支える療養病院として地域の高齢者医療を支えてきた。病床数311床は、埼玉県東南部エリアで最大規模。在宅復帰にも力を入れていて、療養病院にはめずらしい言語聴覚士を含む35人のリハビリ・スタッフが在籍している。

入退院の相談窓口、 地域連携課の職員
昨年1月の判断は、「在宅復帰は難しい」
Mさんが入院したのは、1月の下旬(2018年1月)。急性硬膜下出血で倒れて右半身麻痺が残り、回復期リハビリ病院からの転院でした。口から食べることができず、鼻からチューブで栄養を摂取。ベッドに寝たきりの状態で、病院スタッフの印象は「在宅復帰は難しい」というもの。しかし、ご家族の反応は正反対でした。
「娘さん、おふたりが涙ながらに『何とか、母を家に戻したい』と訴えるので、心を打たれました。そこで医師が、『退院に向けて、がんばってみようか』となったのです」(看護師・小山)
あえてを繰り返す。一つひとつの動作をリハに結びつける
その日から、経口摂取に向けて、チーム一丸となったリハビリが始まりました。
「まずはベッドで寝たきりの状態から、車イスで過ごす時間を少しずつ増やしていきました。リハビリもあえてリハ室に移動して行うことで、車イスに乗り移る機会を増やし、一つひとつの動作自体がリハにつながるように工夫しました」(理学療法士・渡邉)
同時に、口からゼリーを食べる練習をスタート。栄養士の山本さんは、初めてゼリーを口に入れた様子を見て、「これはいけるかも」と手ごたえを感じたと話します。
「ゼリーを口に入れると、『おいしい』と笑顔になったのです。それを見て、上手くいくと直感しました。リハの成功は、何といっても本人の食べたいという意欲にかかっていますから」
ゼリーから始まり、刻み食やおかゆへとステップアップする中では、言語聴覚士(ST)の存在が大きな役割を果たしました。
「飲み込めているように見えても、実際は、気管の方へ流れ込んでしまっていることもあります。きちんと評価しながら段階を踏んでいかないと誤嚥性肺炎など思わぬリスクにつながります」(言語聴覚士・阿部)
食事の練習中に起こったMさんの予期せぬ変化
食事の練習と並行して、自宅で過ごせる体力・筋力づくりにも励みました。
「リハビリは日々の継続が大切。リハ室では自分で車イスに乗れたのに、病棟で全部、介護スタッフが介助してしまっては意味がありません。療養生活全般を支えている介護職、看護師と連携し、互いに情報をフィードバックすることがとても大切です」(理学療法士・渡邉)
ベッドから起き上がり、食事の練習をする中で、Mさんに予期せぬ変化が起こりました。
「それまで、1日中、ボーっとしていたのが、どんどんシャキッとしてきて。ベッドから起き上がることで視界が広がり、他の方とも接するようになって、会話が弾み出したのです。驚きましたね」(看護師・小山)
住み慣れた場所で暮らすというゴールに向けて、チーム一丸となって取り組んで約3か月。鼻からチューブを抜いてMさんは、自分で食事がとれるまでに回復していました。
退院して数日後、家族から届いた手紙には……
晴れて退院となった数日後、娘さんから届いたメールにスタッフ一同で歓喜しました。
そこには、このような文章が書かれていました。
「久しぶりに家族みんなで食卓を囲み、母は楽しみにしていたお酒を飲むことができました。母に、人間らしい暮らしを取り戻してくれて、本当にありがとうございました」
(文中敬称略)
「娘さん、おふたりの涙ながらの訴えに
心を打たれました」
(看護部科長・看護師・小山加代さん)
「まず、寝たきりの状態から
車イスで過ごす時間を
少しずつ増やしていきました」
(リハビリテーション科・主任・理学療法士・渡邉雅巳さん)
「リハの成功は、意欲。
最初にゼリーを口にされたとき、
おいしいと笑顔をつくられたのです」
(栄養科・管理栄養士・山本詩織さん)
「誤嚥に注意をして、
きちんと評価をしながら、
ゼリー、刻み、おかゆと
食形態アップを図っていきました」
(リハビリテーション科・言語聴覚士・阿部麻友子さん)
※あいらいふ2019年1月号を再掲載したものです。
上尾中央医科グループ 医療法人社団協友会 埼玉回生病院

岳眞一郎 院長
所在地:埼玉県八潮市大原455
診療科目:内科、循環器内科、老年内科、神経内科、リハビリテーション科、歯科口腔外科など。
病床数:311床(医療療養病床277床、地域包括ケア病床34床)
開設:1980年7月
撮影: 坪田彩