昨年の夏、7万人という記録的な数の方が、熱中症が原因で救急搬送された

 今年も猛暑が予想されています。気象庁の季節予報によれば、7月〜9月の気温は、平年よりも気温が高くなる確率が北日本で50%、東日本と西日本では同じく60%と予想されました。毎年、この時期になると高齢者の熱中症による救急搬送が急増します。2019年は5月〜9月の間に7万人以上が救急搬送されていて、そのうち約半数は65歳以上の高齢者です

 高齢者は暑さやのどの渇きを感じにくく、汗もかきにくいため熱中症になりやすい傾向があります。特に、今年は新型コロナウイルスの感染拡大による緊急事態宣言で、ステイホームの期間が長く「多くの人が汗をかくための身体の準備ができていないため、例年よりも熱中症のリスクが高い可能性がある」と東京都健康長寿医療センター研究所の野本茂樹さんは警鐘を鳴らします。

ステイホームのために、さらに高まった「熱中症」のリスク

 なぜ、ステイホームの期間が長いと熱中症のリスクが高まるのでしょうか。
 実は、汗をかくというのは体温調節にとても大切な役割を果たしているのです。汗をかくことによって身体の表面が濡れた状態になり、汗が蒸発する際に身体から熱を奪っていくことで、体温は適切にコントロールされます。しかし、十分に身体を動かして汗をかける身体作りをしておかなければ、急に暑いところに行っても身体は汗をかくことができないのです。

「本来であれば、暑さの始まる5月頃に、真夏に向けて少しずつ汗をかけるように身体は準備を始めます。あまり汗をかいていない状態だと、最初はドロッとした汗が出て、次第に、サラサラの汗が出るようになります。体温調節をするには、この水分が多くてサラサラした汗をかくことが大切です。ですが今年は緊急事態宣言のため、多くの人が外出せずに自宅で、4月、5月を過ごしました。そのため、きちんとサラサラの汗をかけるような身体の準備ができていないまま本格的な夏に突入しているので、例年よりも熱中症のリスクが高まる可能性が考えられます」(野本さん)

 ちなみに汗の成分は、もともとは血液です。高齢になると血流自体も低下するため、さらに汗をかきにくくなるのです。この他、高齢者は、暑さやのどの渇きを感じるセンサーが衰えてくるので、若い人よりも熱中症には注意が必要です。

 日中、屋外で起こると思われがちな熱中症ですが、実は一番、多く起きているのは「自宅」です。消防庁によれば、熱中症全体の搬送件数のうち約4割を自宅が占めていて、次に「道路」や「屋外」が続きます。また日中の気温が高い時間帯だけではなく、夜間の救急搬送も少なくありません。「高齢者は症状が出るのが遅いため、夜中や朝方に熱中症になることもあります。24時間、どの時間帯でもリスクはあるのです」(野本さん)

アフターコロナ。到来した熱中症の季節。今、介護崩壊の危機を回避するには?

「訪問介護はキャパ・オーバー。何件も事案を断られています」

 一方で、新型コロナウイルスの影響を受けて、在宅介護を予定していなかった人が「想定外の事態」として在宅介護に踏み切るケースが増えています。「新型コロナウイルスの影響で、本来なら退院後に老健などでリハビリをしてから在宅へ戻る利用者様が、十分なリハビリを受けずに在宅介護へ移行するケースがあります」と話すのは、居宅介護支援事業所・幸ケアサービスでケアマネジャーを務める小林美佐子さんです。

 「老健などが一部、受入れを制限していたために、従来であれば退院後に施設で身体を慣らしてから自宅へ戻る利用者様が、想定外の状況の中で自宅介護を始めるケースも出ています。私達、ケアマネも、面会制限のために本来であれば開かれるはずの退院前カンファレンスを開けないなど、退院調整がとても難しい状況がありました。訪問介護のニーズは、従来から高いのですが、このコロナの影響下に、さらに新規の利用者を受け入れることにヘルパーさんの側にも抵抗感があり、断られてしまった事案もありました」

緊急事態宣言下に増えた在宅介護。解除後の状況を見れば……

 夏の猛暑予想、そして、十分な準備をしないままの在宅介護の増加―こうした要因を考えると、今年の夏はいつも以上に高齢者の熱中症には注意が必要と言えそうです。しかし、対策が必要とは言っても、実際に、それをどこまでできるかは難しいところ。お父様を在宅介護している都内の会社員、K・Hさんは、「父は何度、言っても『暑くない』といってエアコンをつけてくれない」とこぼします。

 「暑いという感覚が鈍くなっているのでしょうか。私が何度、言っても、父はエアコンをつけようとしません。だからといって、私が、出勤時にエアコンをつけていけば、今度は寒過ぎてしまうかもしれない。コロナの感染リスクを防ぐためには換気もしなければいけませんし、日中、父が、1人の時にどうやって室内の環境を維持すればよいのか、本当に頭が痛い問題です。母は少し前にホームへ入居したのですが、自宅の父よりずっと快適に過ごせているように感じています」

 在宅介護が増えた理由の1つとして、緊急事態宣言後に増えた在宅勤務との関係もあります。家族が在宅勤務をしているので、「とりあえず家に誰かいるから、何とかなるかも」と考えて、在宅介護に踏み切る人もいるようです。しかし、K・Hさんは安易な在宅介護はリスクが大きいと考えています。「私も緊急事態宣言の間は、在宅勤務でした。ですが、家にいるからといって、介護ができるわけではありません。むしろ、勤務をしながら休校中の子どもの食事の準備や片付け、それに父の見守りまで加わって、仕事と休みのオンとオフの区別もなくなり、自分自身が倒れる寸前でした。『自宅に家族がいること=在宅介護ができる』というわけでは決してないのです」

例年以上に、熱中症に対する警戒が必要な理由

高齢者が熱中症に弱い「6つの原因」

  1. 暑さを感じにくい
  2. のどの渇きを感じにくい
  3. 体温の変動が激しい
  4. 汗をかきにくい
  5. 体内の水分量が減少
  6. 回復に時間がかかる

しかも、今年は、社会的自粛、 「ステイホーム」のせいで、 熱中症への身体的準備が十分でない

東京都健康長寿健康医療センター研究所福祉と生活ケア研究チームの野本 茂樹さんは、「 高齢者は、もともと皮膚にある温度受容器が少ないため暑さを 感じにくい。自律神経の鈍化により体温調節が鈍くなる。腎機能の低下により 水分の再吸収が弱まるなどの原因から、もともと熱中症になりやすいもので す。しかも、今年は社会的自粛のために、ずっと屋内いたことから熱中症に対 する身体の準備が不十分であるので心配です」と指摘する

独居の方、老々介護の方。誰もが熱中症対策の万全を期すのは難しい

 新型コロナウイルスの第2波も心配される中、病院では病床や医師、看護師など限られた医療資源を、感染症対策に注力しなければならない状況も予想されます。新型コロナウイ ルスと熱中症のリスクが重複するこの時期、例年以上に万全な熱中症対策が必要です。

 野本さんは熱中症対策として、「各部屋に温度計を設置して、自分の感覚ではなくて適切な室温を把握し、28度を超えるようならエアコンをつける。時間を決めて水分を補給する。また、汗をかく練習としては40度位の風呂に額に汗がにじむまでつかるなどもよいですね」と話します。

 とはいえ、独居の人や老々介護など、誰もが自宅を快適な環境に整えることができるわけではありません。自宅で過ごすことが不安な人は、施設入所も1つの方法です。緊急事態 宣言下でも限られた医療資源を無駄にしないため、徹底した感染予防対策のもとで退院してくる患者を積極的に受け入れてきた老人ホームもたくさんありました。自宅での生活に不安がある人、家族に快適な環境で過ごしてほしい人は、プロの手を借りることも1つの選択肢として考えられると安心なのではないでしょうか。